【考古学】「神の手」にだまされた研究者、「お前はグルかバカか」迫られた問い…ゆがめられた旧石器時代
■偽りの出土「都合よかった」…「日本原人」の痕跡 探して今も掘る
「後から埋めた?」「そんなことできるか?」
忘れもしない、2000年11月5日の未明のこと。北海道新十津川町の〈旧石器時代遺跡〉の発掘責任者だった長崎潤一さん(61)=当時39歳=は、関係者からの一報を受けて、
電話口でぼう然と繰り返した。
「日本原人」の存在を印象づける歴史的な大発見として発表した数々の石器は、「神の手」を持つとされた1人のアマチュア研究家が埋めたニセ物だった。
遺跡が、ねつ造されていた。
日本の考古学界を根底から揺るがしたあの〈事件〉から20年余り。
なぜ、自分はだまされたのか。本当に、見抜くチャンスはなかったのか。渦中にいた本人である長崎さんは考え続け、後進の人々に伝え続けている。
■ただの丘で 共同調査初日 「出たぞーっ」
「出たぞーっ!」
後から考えればおかしな点だらけなのであるが、あの時は、「すごいことだ」と札幌国際大学の助教授だった長崎潤一さん(61)は高揚感でいっぱいだった。
1998年7月3日。北海道ではまだ見つかっていなかった「旧石器時代の前期・中期」の遺跡を探そうと、民間団体「東北旧石器文化研究所」(2004年解散)に所属していた
藤村新一氏を招いた初日のことだ。
その日、長崎さんは藤村氏を空港に迎えに行ったその足で、学生らと道内の複数の地点を案内した。
夕方、新十津川町総進にある「不動坂」近くの崖を皆で削っていると、少し離れた所で藤村氏が声を上げた。
見ると、旧石器時代の中期にあたる4万年以上前の地層から石器が出ていた。
「ええーっ、僕がいくら探しても出なかったのに」
帰路の車のハンドルを握る長崎さんの手は震えていた。
北海道に赴任して5年。30歳代だった長崎さんは週末のたびに古そうな地層を探したが、一向に成果は出ない。
そこで、すでに本州で多くの石器を掘り出して「神の手」と呼ばれ、尊敬していた藤村氏に協力を依頼したのだった。
長崎さんが責任者となって本格的な発掘が始まり、2000年までに40点以上の石器が見つかった。
中には旧石器時代の前期にあたる「20万年以上前のもの」も出土。何の変哲もなかった丘は、〈総進不動坂遺跡〉となり、考古学上の大発見となった。
なぜ、旧石器時代の前期・中期がそんなに重大なのか。
「それは、日本に、我々のようなホ◯・サピエンスとは違う、『旧人』や『原人』がいたかどうかということ。単に石器の問題ではないのです」と、長崎さんは言う。
日本では、1940年代後半に相沢忠洋(1926~89年)が、群馬県の岩宿遺跡(約3万5000年前)を発見したことで、土器を使っていた縄文時代より前の
「旧石器時代の後期」があったことは分かっていた。
後期であれば、ホ◯・サピエンスの時代だ。
しかしもし、もっと古い「中期(4万年以上前)」や、さらに20万年、あるいは30万年以上前の「前期」が存在したとなれば、日本にも旧人や原人がいたことになる。
「人類のストーリー」が全く違ってくるわけだ。
「岩宿発見」を機に、考古学者らが様々な発掘を試みる中で、彗星(すいせい)のように登場したのが藤村氏だった。
1970年代から90年代にかけて、藤村氏は東北地方の「座散乱木(ざざらぎ)」「馬場壇(ばばだん)」などで次々と〈中期・前期〉の石器を発掘。
座散乱木遺跡にいたっては、国の史跡にも指定された(後に指定解除)。
そういう流れがあって、新進の研究者だった長崎さんは「北海道でも古い石器を見つけたい」と切望していた。
実は98年に総進不動坂で藤村氏が最初に掘り出した石器について、研究仲間だった北海道今金町の学芸員(当時)、寺崎康史さん(62)からは
「この変色、鉄サビっぽいけど、浅い土中の石器じゃないの?」と言われていた。
クワなど後世の鉄製器具の接触で石器に鉄分が付いたのではないか、もしそうなら、旧石器時代のような深い地層から出土するのはおかしい――という指摘だ。
鉄製器具で付いた鉄サビかどうかは、顕微鏡で見ればわかる。しかし、長崎さんは気にとめず、確認しなかった。
「イケイケどんどんだった」。結果、だまされた。
※続きはソースで
★1:2022/02/16(水) 13:04:51.62
前スレ
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1644984291/
あのゴールドフィンガーだかいう神の一手を持つ人
いまどうしてるんかね
指を自ら断ち落としたはず
この時問題になった歴博(国立歴史民族博物館)という組織が
今、性懲りもなく5世紀ごろと言われてた箸墓古墳を
3世紀にして卑弥呼の墓とか言い出した。
考古学で歴博の名が出た時はそのまま信じないほうがいいよ
特に「数十キロ離れた場所で見つかった2つの石器の断面が一致した」ってやつ。
こんな事を信じる奴がいるのが理解できないと言ってた。
全く興味なかったからスルーしてたが、アイツはすごい奴だったんだな。
熊本と一緒だよ
ほんとにそう。
アマチュアの考古学マニアでさえ疑問視するお粗末な成果がまかり通っていた。
ただ捏造発覚当時、M大のA教授は「だまされた」といってたが、学者としてどうなの?
「出たどー!」だったらしいぞ
獲ったどー!の走りかもしれん
へえ
遺跡で町起こししてたのにねえ
当時の町おこしのの様子なんかも放送してたよ原人パイみたいのは今でも売ってるとか
お土産に持っていったら「ああ、あの!」と5分位は盛り上がるかもしれない
すげーぞあれは!!
縄文の記憶すらあるもんな
竹内文書とか、日本の古記録は素晴らしい
指切ったぐらいで障害年金は貰えないだろう
でも教科書はさすがに胡散臭いと気付いてその説採用してないw
弥生時代の定義の問題だよ
水耕稲作を行い定住生活を始めた時期を弥生時代の開始時期としてる
以前は福岡県の板付遺跡での水耕稲作が
紀元前5世紀頃に始まったとされていた
だから弥生時代は紀元前5世紀頃からはじまりとなた
所が、長崎県の菜畑遺跡からもっと古い紀元前10世紀頃の
水耕稲作の形跡が見つかった為、弥生時代の開始時期もスライドして
紀元前10世紀からになった
元々は東京の弥生町で見つかった土器文様から弥生時代と言われてたのに
今では土器でなく水耕稲作が鍵になってる
九州で気候変動でもあったのか
邪馬台国かはともかく、あそこら辺の誰かが奈良に移り住んだのは地名の共通点などでも明らかだし
邪馬台国が九州統一
その後勢力拡大するには朝鮮半島か本州、四国方面しかない
朝鮮半島は中華帝国の帯方郡があったので中華帝国の属国である邪馬台国には無理
だから東遷しただけの話
その後倭の五王の頃に朝鮮半島南部に進出できたのは
中華帝国が五胡十六国時代で混乱して朝鮮半島南部が百済、新羅という弱小国になったから
本当の神の手は常人には見えざるものだから
真面目に発掘したってバ○スカ見付かるもんでもないしなぁ
発掘にこぎつけるだけで大変だわなぁ
旧石器時代と神代文字は捏造のせいで忌避感が凄いしね
もう工事でたまたま出てくるのを待つしかないのかな
明石原人も結局地元では全く取り合ってもらえず
東大までもっていってやっと石膏型取れたくらいだし
あの石膏すら東京大空襲で失われてたら
明石原人の呼称すら忘れられてたろうね
関東や東北の縄文とか旧石器時代とかアイヌとかは
まだまだ探せば色々出てきて面白いと思うけどなぁ
いまだに明石原人が原人だったと考えてるのは春成氏ぐらいだろう
この人を野放しにしていた節もあるだろ。
そのせいでかなりの期間の研究がすべて無駄となったのが、ア○だわな。
虚偽の報告に基づいて検証していたのだから。
この捏造事件のせいで本当に見つかってた遺跡まで認定取り消しで消えた例もあるw
学者連中が否定するには、それなりの根拠が必要になる
所が本人以外発見できてないから何とも否定する根拠が見つからないんよ
「お前しか見つけてないからウソだ」とは流石に言えんだろ
それは研究者連中に甘い見方だよ
遺跡の発掘調査報告書みれば分かる
普通はちゃんと発見時の状況を写真などで記録している
むしろそれがなければなんの証明にもならないんだから
本人は軽い気持ちだったかもしれんけどそれくらい大変なことしたんだし
てか、皆薄々気づいてたけど大御所が太鼓判押したから黙ってただけ。日本の学会の閉鎖性を浮き彫りにした事件だった
片方担いでいた奴は
今も平然と重鎮気取りだっけ?
腐りきってるな
最も芯を捉えたレス。
そう、これは藤村個人だけの問題ではなかった。
一個人の問題ではなく考古学界の体質の問題であることは事件後ずっと言われてきたな
「専門家が調べなきゃ誰も分かんねえんだよお前口臭えから喋んな」と同義なんだよな
グルではなくとも、疑わしくとも手柄を手放したくないという我欲が働いたことは揺るぎない
20年続けるんだぞw
なぜC14測定を省略したのですか?
そうじゃないよ
その年代と思われる地層まで掘り下げてたり、その地層が露出してたりする場所で穴掘って埋めるんだよ。
C14は有機物にしか使えないから石器は無理
最近はC14が新たなねつ造の道具にされてるからな
箸墓が卑弥呼の墓だとか言ってたのもC14がきっかけじゃなかったっけ
昔は較正曲線が外国のものしかなかったからね
2020年に日本産樹木のデータを取り込んだ較正曲線INTCAL20に更新された結果
畿内説の希望だった箸墓古墳も卑弥呼より後の時代だと分かってしまったし畿内説には絶望しかない
nihonkodaishi.net/info-research/ronbun-pdf/koseikyokusen.pdf
> INTCAL20 によって、箸墓築造が
> 従来通説の4世紀前半に戻ったことを意味する。
石亭夜話だっけ? ほぼ完全に真実を見抜いていたな
niftyの考古学掲示板でも話題になっていた。筑紫哲也の番組に出演して筑紫がべた褒めしてたけど、あの話してる内容から益々怪しいと懐疑論者の方が盛り上がった。
最後まで非常勤講師だった人かな
黒幕は一切責任取らなかったというのに
自浄作用すらない考古学に税金出すなよ
権力が移れば歴史も変わる
捏造された石器をもとに論文書いて博士号もらったり、要職に就いた人もいるんじゃないの?
そういう人がお咎め無しで今も居座ってるなら未来永劫日本の考古学は信用に値しないわw
引用元: https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1645002585/
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