〈想像以上に早かった技術革新、人類の拡散の従来説を揺るがす〉
はるか昔、現在の南インドにあたる地域に住んでいた人類は、
シリコンバレーのハイテクエンジニアたちもうらやむような技術革新を成し遂げた。
彼らは大きくて扱いにくい手斧や握斧を捨て、槍の先端に滑らかな剝片石器を取り付けるようになったのだ。
今回、インドのアッティラムパッカム遺跡を調査したところ、
この地で石器の革新が起きたのは約25万年前(38万5000年前まで遡る可能性もある)であることが判明したという。
同じような技術革新は、アフリカでも大体同じ時期に起きていた。
驚くべきは、このタイミングがインドのほかの遺跡よりはるかに早かったことだ。
このほど科学誌『ネイチャー』に発表された論文によると、
この地域の中期旧石器時代の始まりが10万年以上も遡ることになる。
現生人類(ホモ・サピエンス)がアフリカを出たのは約6万年前とされているが、今回の発見によって、
彼らとその祖先を含めた人類の世界的な拡散について、理解が変化していく可能性がある。
「明らかなのは、南アジアの大半にこの文化を持つ人々が存在したということです。
その土地の条件に適応し、さまざまな種類の道具を進化させ、変化させていったのです」と、
アッティラムパッカムの最新の発掘調査を指揮したインド、
シャルマ伝統教育センターのシャンティ・パップ氏は語る。
南アジアの化石記録はいまだにほとんど解明されていないが、今回の発見により、
この地域に住んでいた人類の暮らしへの理解も深まるかもしれない。「じつにすばらしい研究です」と、
論文を査読した独マックス・プランク研究所の古人類学者マイケル・ペトラグリア氏は賞賛する。
〈石器の発達と人類の拡散に関係?〉
DNAの分析から、
現代人の90%以上が12万5000~6万年前にアフリカを出たホモ・サピエンスの小さな集団の子孫であることがわかっている。
アフリカを出てからの拡散は速く、1万8000年前までに南米の先端に到達していた。
一部の研究者は、ホモ・サピエンスのこの集団がここまで速く拡散できたのは、
より発達した石器で武装していたからではないかと推測している。
つまり、アシュール文化と呼ばれる、前期旧石器時代の大きくて扱いにくい石の手斧や握斧から、
中期旧石器時代のより洗練された石器への移行がすでに起きていたとの考えだ。
この仮説を検証するため、考古学者たちは世界各地で石器を探して年代を測定し、
さまざまな地域で石器の移行がいつ起きたかを明らかにしようとしてきた。
これまでの研究では、中期旧石器時代の石器がインドに入ってきたのは、早くても14万年前だとされていた。
続きはソースで
画像:中期旧石器時代に今日のインドにあたる地域に住んでいた人々は、
こうした岩石からいくつもの剝片をはがし取って石器を作っていた。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/020200049/ph_thumb.jpg
ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/020200049/
25万年前って
ホモエレクトスじゃね
ネアンデルタール、もしくはそれ以前か
ナショジオだから信憑度はムー並みか

アトランティスとかムーは違うとこだったよね
モヘンジョダロの古代核戦争説
幻解!超常ファイルで見たw
中国のほうがはるかに遅れてたのだからそれは無い
紀元前後ですらインドのほうが先進文化だからな
さらに7世紀に至っても玄奘三蔵が仏典を求めてインドに行く必要があった
玄奘がかの有名な般若心経をもたらしたわけだ
インドは長年文化先進国だった
製鉄もインドが先で、日本へは中国からではなくインドから製鉄技術が来たという説もある
インド系統の銑鉄が出土してるからな
現在の日本人は、アフリカを出た時期が3つの異なるホモサピエンスから構成されている。
おそらく、数万年前にスンダランドから進出してきた人類が、日本人の主体となっているの
だろう。
ところが、現在の日本人が住む以前には、11万年前の島根県の砂原遺跡や、
10万年前の長崎県の入口遺跡の石器を使っていた旧石器時代人がすでに居住していた。
彼らは、澎湖人や和県人のような、北京原人の血を継いだ原人に近い別種の旧人類
だったろう。 彼らを絶滅させたのが、阿蘇4やトバ火山の破局噴火だったと考えられる。
なお、澎湖人は、台湾で発見された下顎が頑丈なタイプの原人。類例が和県人
http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/150128/lif15012808000003-n1.html
http://www.kahaku.go.jp/procedure/press/pdf/32711.pdf
19万年前以降の人類でありながら、縄文人や現代の日本人とも遺伝子を共有していない。
したがって、10~11万年前に九州や山陰に住んでいた人類としてもっとも可能性が高いのが、
澎湖人となる。
つまり日本には、10万年以上前に、がっちりした顎を持つ、真の先住民の「澎湖ノンマルト」が
いたけど、阿蘇などの破局噴火のあと完全に消えてしまったということだろう。
現代日本人に「ノンマルト」の遺伝子が含まれていれば、ロマンがあるなぁ。
ネアンデルタール人やデニソワ人などの旧人との混血は遺伝子解析で実証されてるよ
>>14
レスありがとう。そうなんだよね。マックスプランク研究所の研究は世界一だし、
2010年代になって、それまでは分析不可能だった化石人類の核遺伝子も
マイヤー法などによって、全ゲノムの分析が可能となった結果、従来は、現世人類とは
別種であると考えられていたネアンデルタール人の遺伝子を2%程度は、受け継いでいる
ことなどがわかって来た。
日本人は、ネアンデルタール人やデニソワ人の遺伝子も持っているようなので、トバ噴火の
あとも生き残っていた旧人がいたことになる。
ただし、それは中近東あたりから、スンダランドあたりまで、進出してきた時点ですでに
旧人との混血がなされていたのだと推定される。
日本にいた10万年以前の旧石器人(おそらく原人)由来の遺伝子が残っていればおもしろい
のだけど。
自然物なので残らなかった…のかも
引用元: https://egg.5ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1517661555/
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