【戦国時代】大谷吉継「お前は人望無いから、誰も言う事聞かん!」石田三成「太閤の御恩が~!」

1: 2018/01/31(水) 21:27:17.32 ID:5aahCdlp0● BE:194767121-PLT(13001)
石田三成新たに参戦!歴女注目の戦国武将チョコレートとは
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180131-00135530-tkwalk-life

4: 2018/01/31(水) 21:29:41.85 ID:WEHmHi6U0
大谷よしつぐなんてただのガ○ジじゃん

 

123: 2018/02/01(木) 14:04:24.41 ID:cUnyUUQi0
>>4
石田三成なんてただのサイコパスじゃん

 

6: 2018/01/31(水) 21:30:44.25 ID:jP5AAuDn0
ごめんお茶飲めない

 

120: 2018/02/01(木) 13:48:48.79 ID:H0M/q7nQ0
>>6
実際人心を掌握するのに関節キスはかなり有効だよ
俺も一度ブサイクな女の子にこれをやられて落ちたことあるしし、違うブサイクな女の子にこれをやってしまって付きまとわれた

 

7: 2018/01/31(水) 21:30:49.19 ID:aYg1Dq+50
柿はうめえけどハラコワシたくない

 

10: 2018/01/31(水) 21:32:42.57 ID:AENQHVsz0
大谷って変な台に乗って空飛ぶイメージしかないわ

 

54: 2018/01/31(水) 23:17:54.62 ID:Iv4o1a/00
>>10
光成はずっとブチ切れてて家康は子供からいきなり成長、秀吉はゴリラ、信長はお市に○されてるイメージか

 

11: 2018/01/31(水) 21:33:59.08 ID:bSm3xCLK0
大河にしろ、歴史物にしろ石田三成の描写はひどいな

 

77: 2018/02/01(木) 00:21:11.83 ID:TO6AL9U+0
>>11
家康の正当性を強調するために悪く書かれてるところあるだろうな

 

90: 2018/02/01(木) 01:54:07.49 ID:bqbV3v+Z0
>>11
石田三成のイメージが良かったら、関ヶ原の戦いは西軍が勝っていた

 

138: 2018/02/01(木) 16:12:08.47 ID:fK1FhGUl0
>>90
戦いにイメージはあんまり関係ない。光成は頭は切れるが役人であり戦争は得意じゃなかった。それに戦いの前半は勝ってたし。
家康は苦しい戦いを何度も経験してたから戦いの流れをみて臨機応変に判断できた。

 

16: 2018/01/31(水) 21:53:31.96 ID:uBmsGjVU0
真面目すぎて秀吉の命令を忠実に実行しすぎた?

 

30: 2018/01/31(水) 22:16:35.21 ID:xB0WEPa20

>>16
主に性格だな今で言うコミュ症だったんだろうそれを上手く表してる逸話があって
石田三成と細川忠興は仲が驚くほど悪くて流石に改善したいと思い前田玄以に仲介頼んで一席設けて貰ったそうな
んで既に待っていた忠興に盆一杯の柿突き出して

三成「柿好きだって聞いた俺の事は気にせずたらふく食ってくれ!(゚Д゚)」
忠興「・・・(#^ω^)」
玄以「(′Д`;)」

てな感じらしい
相手が精神的に余裕があり悪気がないと分かってる人以外付き合うのはきつかったのかもな

 

34: 2018/01/31(水) 22:26:58.06 ID:bSm3xCLK0
>>30
ただのアスペルガーじゃないか
そりゃ人望なんてものとは完全に無縁

 

41: 2018/01/31(水) 22:50:16.65 ID:xB0WEPa20
>>34
あくまで逸話で人望無い訳じゃなかったろうけどな
善政布いて領民には慕われてたし大谷含め佐竹、兼続、真田信之etc.とも関係良好だったし
言ってる事は解る確かに正論で解るんだけどなんでこんなに腹立つんだろってタイプだったんじゃろ多分

 

46: 2018/01/31(水) 22:58:05.39 ID:REE/snh40

>>41
>言ってる事は解る確かに正論で解るんだけどなんでこんなに腹立つんだろってタイプだったんじゃろ多分

頭は切れるけど人望がない舛添みたいなタイプだったんかな
あの人も自民党に長くいたけど盟友は一人もできなかったとか

 

49: 2018/01/31(水) 23:07:30.61 ID:xB0WEPa20

>>46
そらないだろ
三成は性格的に横領とかしないと言うか出来ないタイプと思うぞ
旗に大一大万大吉(一人は皆の為に皆は一人の為にそうすれば天下はハッピー)とか書く夢見がちな人だし

だからコミュ賞気味でも慕う奴もいたと思うんだよね

 

19: 2018/01/31(水) 22:03:48.92 ID:H4v8lcRd0
そして担いだのが毛利輝元じゃな
天下分け目の大戦さで西軍の総大将なのに
彼の判断は「動かない」 ア○か

 

24: 2018/01/31(水) 22:11:30.06 ID:E6O8ceqp0
>>19
三成は自分が大将になりたかったんだが、
そうすると味方にしなければいけない武将まで、
喜んで三成の敵に回ってしまうから、
大将は毛利か宇喜多になって貰え、
って大谷吉継が助言したから従った。
但し、戦場で指揮を執ったのは三成。

 

21: 2018/01/31(水) 22:07:52.33 ID:o2pdlgLH0
人望がないとちゃうやろ
家康にまんまとはめられただけ

 

158: 2018/02/01(木) 18:53:27.37 ID:C+jimbcg0

>>21
いや、やはり人望無かった。
三成自身の性格もあるが、独裁者で「絶対に悪口を言ってはいけない存在、嫌いって言ってはいけない存在」だった秀吉の『悪』の部分を、
全部三成が被ってしまったってのが大きい。

家康にハメらてたんじゃなくて秀吉の罪を擦り付けられたんだよ。

 

243: 2018/02/02(金) 21:14:59.58 ID:+SkXgJok0
>>158
有能なトップは悪い部分をナンバー2に押し付けるよな
また有能なナンバー2は悪い部分を引き受ける

 

26: 2018/01/31(水) 22:13:58.79 ID:BPY/nf5p0
「相手は百戦錬磨かつ大大名の徳川家康だぞ相手が悪すぎるやめとけや」って諭そうとしたのも大谷吉継だっけ

 

28: 2018/01/31(水) 22:14:56.28 ID:5Sg10w2m0
五奉行と島左近の言うこと聞いてりゃね
天下分けめの合戦に奇襲はダメだとか言って無けりゃね

 

79: 2018/02/01(木) 00:25:53.83 ID:h33SjOL40
>>28
島左近も所詮筒井家の家老に過ぎず
実戦経験豊富な前線指揮官ではあっても
いくつもの大名を束ねて動かす経験なんて無いけどな

 

33: 2018/01/31(水) 22:24:35.29 ID:1V+MjpIh0
蟄居処分受けてるのに挙兵するマン

 

36: 2018/01/31(水) 22:33:32.01 ID:bxhPZ4140
でも島左近には慕われてたんだろ?

 

48: 2018/01/31(水) 23:07:25.55 ID:bSm3xCLK0
個人事業者でも無い限り、人望が無いと企業で何も成し遂げられないからな
今のみんながつとめてる大企業の部署でもそうだろ

 

53: 2018/01/31(水) 23:14:48.23 ID:hfP0Hl8Q0
自分の配下に対しては結構面倒見良くて
上司からは仕事ちゃんとするから評判良いけど同期と仲悪かったというかうまくいかなかった
だっけ?

 

57: 2018/01/31(水) 23:19:26.10 ID:Iv4o1a/00
>>53
部下には面倒見よくて好かれるし主君にも忠実で大事な守り任されたけど、同僚には俺が一番の子分だぞって威張って嫌われた関羽みたいなもんか

 

65: 2018/01/31(水) 23:34:21.32 ID:DJ1e73aI0
>>53
外部の連中からすると公正な人
身内の同期からすると「自分が秀吉様の一番の家臣」みたいな面してる嫌なやつ
こういうのもあるやろ

 

59: 2018/01/31(水) 23:23:02.10 ID:PDCxQPda0
三成は家康タヒぬまで大人しくしてるつもりだったのに、宇喜多らに引きずり出されて巻き込まれたという説もある

 

64: 2018/01/31(水) 23:33:37.02 ID:MNL3ZR+c0
処刑される前の身体を冷やすから柿なんてくわねえってエピソードが凄い好きなんだけど
創作なのかな

 

106: 2018/02/01(木) 07:38:00.38 ID:mjGhDVqX0
>>64
本当は処刑人の足をうっかり踏んでしまって
「申し訳ない、わざとではないので許されよ」
と語ったらしい

 

126: 2018/02/01(木) 14:26:10.76 ID:di0wgiJB0
>>106
それはマリーアントワネットじゃね

 

73: 2018/02/01(木) 00:07:50.51 ID:AeXrW1QZ0
真田丸の自分の中の正義感で動いてる三成も、テンプレ神経質な官兵衛の三成も良かったけど
やっぱ葵の江守徹の三成がバランス取れて本当あれくらいだったのかもって説得力で好きだな

 

76: 2018/02/01(木) 00:19:45.22 ID:HcPnNF9G0
豊臣が大大名で富と権威温存しとけば
家康タヒ後に再逆転もあったのにね
徳川秀忠なんか総大将の器じゃないし

 

84: 2018/02/01(木) 01:04:35.30 ID:zoZCBXW70

>>76
大金を費やした方広寺の大仏は慶長伏見地震で倒壊し「自分の身も守れないのに処衆が救えるか」と秀吉を怒らせ
善光寺から取り寄せた善光寺如来の祟りで秀吉は病に倒れたともいう
復興のために大金を費やした方広寺の鐘銘は国家安康で家康を怒らせ豊臣滅亡の原因になった

よかれと思って寺院へ大金を投じても
方広寺みたいにことごとく裏目にでることもあるから世の中不思議だ

 

83: 2018/02/01(木) 01:03:01.72 ID:rFVVMN5+0
石田三成と気が合った人物に佐竹義宣がいる
この人も生真面目で頑固者だな

 

85: 2018/02/01(木) 01:16:03.88 ID:48w/eZR/0
そもそも250万石の大大名と敵対したらどうにもならんわ
北条と違って日本中が敵とは程遠い状況だし、万が一徳川が負ければ泥沼の戦国が続いてしまう
人望云々以前に石田に力が無さ過ぎた

 

86: 2018/02/01(木) 01:18:16.13 ID:Uhh7wUXyO
>>85
豊臣家内の内紛だぞ
関ヶ原とか

 

91: 2018/02/01(木) 05:46:25.56 ID:s9rcsBhk0
>>85
秀忠率いる徳川軍主力は決戦に間に合わんかったし
吉川、小早川の毛利勢が裏切らなければ布陣的に西軍が勝ってた
三成の戦略は当たったんだからあとはもう少し人望があれば
歴史は変わったかもしれない

 

92: 2018/02/01(木) 05:49:24.07 ID:nMVRVabx0
>>85
石田ら文治派と、加藤福島あたりの武断派の、どっちが豊家第一の家臣かという内戦に
本来なら争いをおさめるべき立場の徳川やら毛利が後見人になって「やれやれ、○しあえ、ケツ持ちしたる」ってなってるかんじやろな
毛利は最初は乗り気だったけど、ここぞというところでチキンになったと。
そして修羅場くぐった数なら誰にも負けねえ家康はそのまんまかちこみも参加して、その後の全主導権もぶんどっちまったんやな。
たとえ東軍負けたところで徳川主力は真田のおかげで完全温存状態、関東欲しけりゃ力づくで取りに来いと余裕。
一方西軍は勝ったところで主導権争い起きて分裂だぜ。やっぱり徳川が最後に勝ってしまう。

 

139: 2018/02/01(木) 16:17:35.64 ID:AYzl1g6X0

>>85
北条オタの静岡大・小和田教授に言わせると
北条もあと三ヶ月あのまま篭城続ければ勝てただろうって 秀吉の全国連合軍に
少なくとも負けないことはできて、全面講和になっただろう

なによりも兵站が続かない どうしたって食い物やらの補給がなくなる 士気も落ちる
ソ連がドイツに勝ったのと同じでアウェイの不利さホームの有利さ 日本もシナで勝ちきれなかったし
アメリカだって東南アジア中東でそうでしょ

秀吉があそこまで大きく北条を考えていたのは、国力が半端ないから負けもありうると思ったのだろう

 

95: 2018/02/01(木) 06:05:06.71 ID:/p2Ga/n/0
全盛期の秀吉と半年以上戦線を維持出来た家康相手に本隊が辿り着く前に短期でケリつけるなんて無理だろ
そもそも関ヶ原は長期決戦想定だったのが西軍が雑魚過ぎて短期で終わったものだぞ

 

99: 2018/02/01(木) 06:45:58.75 ID:A3k9imSG0
秀次を粛清なんかしなければ東軍なんか雑魚やったろ

 

101: 2018/02/01(木) 07:12:26.92 ID:3t9wYd3q0
>>99
秀次健在ならそもそもつけいる隙すらない

 

100: 2018/02/01(木) 06:54:09.11 ID:vjGSgRYe0
三成のポジションって領地貰えないし
将来何目指しせて仕事してたんだろう?

 

102: 2018/02/01(木) 07:13:23.74 ID:nMVRVabx0
>>100
天下の政務を取り仕切る大官僚ポジになりたかったんやろ

 

103: 2018/02/01(木) 07:24:42.83 ID:NX4Tuwu/0
淀という史上最強クラスのサゲマンビッチ
晩年の秀吉の狂行も三成の暴走もほぼコイツが原因

 

104: 2018/02/01(木) 07:33:08.59 ID:KXjlRNBg0
>>103
輝元を大阪に留めたのも淀だしな

 

105: 2018/02/01(木) 07:34:32.62 ID:e3nsQ+jJ0
>>104
毛利はそもそも総大将やっちゃダメだったわ

 

118: 2018/02/01(木) 13:28:36.94 ID:ie08+1gs0
>>103
淀さんは豊臣家を滅ぼしたかったんで
サゲマンじゃないと思うよ傾国の方でしょ

 

122: 2018/02/01(木) 13:51:01.66 ID:Wy75Y7Wn0
>>118
両親と義父の仇だからなあ。

 

140: 2018/02/01(木) 16:20:01.08 ID:fK1FhGUl0
>>118
最初は豊臣家を潰したかったんだけど、秀頼が生まれてからは秀頼を将軍にして天下を治めたかった。
しかし(当たり前だが)秀吉と違って人望がなかったから家康にはかなわなかった。

 

108: 2018/02/01(木) 08:54:42.74 ID:B5LNMWkc0
三成にすぎたるものふたつありの逸話も
元ネタは家康にすぎたるものふたつあり
という家康を揶揄するものを
神君家康時代になって
三成貶しで移し替えたもんだからな
三成貶し逸話は後世の作が多い
吉継貶しの逸話がないのはさすがと言える

 

110: 2018/02/01(木) 10:31:57.12 ID:/p2Ga/n/0

今の三成上げは正直なところ気持ち悪い

主君の終わりが近いって時に行政官の首座が豊臣軍の中核になる譜代との仲を修復しようともせず悪化するに任せたまま
当時の豊臣家は一代で成り上がったからとても安定してるとは言えず徳川を筆頭に毛利や島津の強力な外様、前田や上杉も本質は外様
そんな状況で家中の分裂を放置とかとてもじゃないが義人とは呼べん
自分の正義に拘っただけの厄介な正義マンだろ

 

111: 2018/02/01(木) 10:32:30.45 ID:yeSkEduT0
組織には嫌われものが必要
梶原景時やこうのもろなや本多佐渡とと同じ
石田三成個人は人徳ありますよ

 

112: 2018/02/01(木) 11:15:46.47 ID:aLjf4ssO0

こいつの場合、嫌われ者ってレベルじゃないからな。武断派に暗○まで実行されて逃げ回るくらい憎まれたレベルだし。

こいつの意固地せいで内紛起き、それで家康につけ入れただけだからな、豊臣家潰したマジもんの大戦犯。義将どころかお家潰したただ愚将。

 

113: 2018/02/01(木) 11:38:09.68 ID:/p2Ga/n/0
嫌われものが有用なのはトップがその必要性を理解してる時
トップがいなくなりゃただの内紛の種でしかない
秀吉が急逝したってならまだしも終わりは誰の目にも明らかだったのに嫌われものを続けるのはなぁ

 

115: 2018/02/01(木) 13:11:32.03 ID:ZCCi3nHM0
家康より先に、三成が小早川陣に鉄砲を撃ち込んでいたらどうなってたかねw

 

116: 2018/02/01(木) 13:17:38.09 ID:9fUi5U0O0
>>115
作り話だしソレ

 

117: 2018/02/01(木) 13:25:37.12 ID:ZCCi3nHM0
>>116
そうだったのかw
中学校くらいの時、「風雲児たち」を読んで、そこがすごく盛り上がっていたから覚えてたのにw

 

124: 2018/02/01(木) 14:18:28.78 ID:+Fi2bGzc0
三成本人と籠城組以外の親族は全くお構い無しで生き延びてしまった、
と言うあたりが悲しいまでの小物界の超小物

 

130: 2018/02/01(木) 14:48:08.48 ID:rRu3vBrN0
>>124
三成は斬首だが??

 

173: 2018/02/01(木) 19:34:40.47 ID:C+jimbcg0
>>130
よく嫁。
「三成本人とその居城・佐和山城に籠城した親族のみが処理され、その他の三成親族にはお咎め無しだった」
って書いてあんだよ。
特に三成の次男と3番目の娘は津軽家に引き取られ、娘は高台院(秀吉の奥さん・お寧)養女扱いで広前藩2代目の側室になり、3代目藩主を産んでいる。
三成次男は杉山と名を改め、その子孫は津軽本家から嫁を貰って親族重臣と成り、家老職も勤めて、津軽家のピンチの際に活躍したりして、現在も続いている。

 

129: 2018/02/01(木) 14:44:11.14 ID:Xqxkvy4S0
動くのが早すぎたな。
動くよう仕向けた家康が上手だけど、家康がタヒぬまで待つべきだった。
それなら秀頼も成人してるし三成がしゃしゃることもなかった。

 

131: 2018/02/01(木) 14:55:43.36 ID:4gswrEAs0
三成があそこで挙兵しなかったら会津征伐がそのまま進行して上杉家は滅ぼされてたかもしれんけどね

 

134: 2018/02/01(木) 15:51:31.89 ID:AeXrW1QZ0
忍城攻めも本当に戦が下手なのか、水攻めしろやって命令に困ってたのかどっちなのかな
向こうがやたら粘ってたのもあるんだろうけど

 

137: 2018/02/01(木) 16:05:22.43 ID:+yAeoDiw0
なんといっても小早川秀秋がヘタレだよな

 

155: 2018/02/01(木) 18:47:01.54 ID:jO24sVcE0
>>137
朝鮮出兵では戦果上げてるし何より20そこそこの若者なんだよなぁ
最初から東軍で参加して立って説もあるし

 

142: 2018/02/01(木) 16:29:16.56 ID:cUnyUUQi0
ドイツかどっかの軍人に関ヶ原の配置図見せたら西軍の勝ちだろうって言われるし上田で息子を遅参させた真田も腰抜かしただろうし九州から勢力拡大しようとして如水さんもびっくりの関ヶ原

 

143: 2018/02/01(木) 16:38:41.93 ID:Cwf8M6xl0
>>142
メッケルだね
あの配置なら誰も徳川が勝つなんて思わない

 

154: 2018/02/01(木) 18:46:04.71 ID:dl9im3xa0
三成が居なきゃ、徳川の天下にはならなかっただろうな。

 

162: 2018/02/01(木) 19:10:53.15 ID:C+jimbcg0
>>154
うーん、コレはどうだべ?肯定も否定も難しいな。
ただ家康は、関ヶ原の前に『徳川に次ぐ大大名』である前田家にも因縁 付けてるんだよね。
それに対して前田家は何とお母ちゃんを徳川に人質に出しちゃった。
事実上徳川に降伏しちゃったんだよね。
現代で言ったら
「急に地球からアメリカが消えちゃって、国連などで中国が傍若無人に振る舞い出した。
他の国が皆『ロシアが何とかしてくれよ』と思ってたら、プーチンが習近平の靴を舐めた」
に匹敵する感じ。コリャもう誰も中国、じゃなかった徳川家康に逆らわないだろって雰囲気には成ってた。
そんで調子に乗って?(いやむしろ苦しくなってか?)上杉にも因縁つけたら、公然と逆らってきたってワケで、
石田三成が居なかったら、家康が「かつて秀吉が九州で島津家にやったように」天下の兵を率いて上杉討伐をやって、天下のリーダーとしての実績を着実に稼いだハズだから、
ナカナカ「三成がいなかったら家康は天下を取れなかった」とは言えないカモ知れんよ。

 

167: 2018/02/01(木) 19:25:51.48 ID:nMVRVabx0
>>162
利家なら「豊家政権の大叔父貴」だったからそりゃもうでかい影響持ってたけど、その息子じゃあーた家康に勝てるわけ無いだろ
プーチンがいなくなってメドベージェフの露になったら似たようなもんだぜ

 

175: 2018/02/01(木) 19:40:06.33 ID:C+jimbcg0
>>167
本当それ。プーチン無き後のロシアを想像すると、スゲー怖くなる。
あそこは日本より人材がいない。

 

159: 2018/02/01(木) 18:58:05.44 ID:iDcWXz5/0
関ケ原は家康が北政所を味方につけたのが勝因
秀秋は甥っ子だからなそりゃ東軍につくわ

 

161: 2018/02/01(木) 19:05:42.50 ID:zww77tEJO
>>159
いや、北のまーんどころは西軍の負けを知ると
寺かどっかへ急いで駆け込んだ、
とかいう記録なかったっけ?

 

160: 2018/02/01(木) 19:02:36.68 ID:zww77tEJO
淀と北のまーんどころは
仲が悪かったという説もあるが
関ヶ原では西軍支持、という点では一致していたはず
にも関わらず、豊臣恩顧の大名が割れていたのは
徳川による調略の巧さだろう

 

171: 2018/02/01(木) 19:32:53.98 ID:Z3gn/Klu0
でも石田三成ってタヒんだ後に城とか調べても隠し財産みたいのはまったくでてこなかったんだよね?これをいったらもう救いようがないかもしれないけど、その清廉潔白さがまた、三成が人から嫌われた原因の一つなんだよなあ…

 

196: 2018/02/02(金) 02:44:21.79 ID:23uzggnW0
>>171
単に人望がないから銭積んで味方増やしてすっからかんになっただけだよ

 

176: 2018/02/01(木) 20:35:59.28 ID:7h76JQWP0
一日で負けた雑魚
秀吉になにを学んだんだよw

 

178: 2018/02/01(木) 20:48:30.39 ID:iLGuMiLB0
>>176
お茶の出し方

 

224: 2018/02/02(金) 17:26:27.64 ID:gRO1sH2X0
>>178
それは中国文学からパクった

 

179: 2018/02/01(木) 23:34:53.95 ID:lL9B0b/20
そもそも主家筋の豊臣家に弓引いた大罪人だろ家康
秀頼がタヒんだときも、そのまま生きててもらおうと思ったのになぜ…とかっていう三文芝居したとかってのも書かせてるし
なんで豊臣家と徳川家を同等に扱おうとしてるやつが多いのか

 

181: 2018/02/01(木) 23:44:39.98 ID:zww77tEJO
>>179
家康としたら
豊臣家を滅亡させようまでは考えていなかったのでは?
滅亡を望んでいて実行したのは、二代目の秀忠だろう

 

184: 2018/02/01(木) 23:54:51.67 ID:Z3gn/Klu0

>>179

大坂は今も昔も日本国にとって極めて重要な土地だからな。だから秀吉も、信長があれほど犠牲を
払って追放した石山本願寺の跡地に大坂城をたてた。家康も大坂が重要だとわかっていた。豊臣
家が徳川の命に従い、速やかに大和あたりに退去していればかろうじて命脈だけは保てたかも

 

186: 2018/02/01(木) 23:59:23.59 ID:KeJNrCoY0
日本人ってやたらと他人に清廉潔白さを求めるくせに、それに該当する人物が
目の前に現れると、自分に出来ないことをやってのける嫌な奴として嫌うとか
どれだけ屈折してるんだよ

 

188: 2018/02/02(金) 00:04:52.03 ID:cQ8TUBF40

>>186
水清ければ魚住まず

コミュ障はどんだけ能力あっても煙たがられるだろ
人望無い時点でお察しですわ

 

198: 2018/02/02(金) 09:55:05.24 ID:wy6OV43e0
三成が嫌いという感情だけに流されて
家康についた加藤や福島たちは
その後の大坂の陣まで何を思っていたのだろう

 

222: 2018/02/02(金) 17:21:34.10 ID:gRO1sH2X0
>>198
清正「いや俺、大阪の陣まで生きてねーし」

 

202: 2018/02/02(金) 11:31:40.33 ID:QcLHUf+x0
まあ嫌われ役の官僚職としては必要であり優秀な人材だったとは思う
豊臣の最大の敗因は秀吉の戦国武将に最も必要な種スキルがゼロだったことだろ

 

208: 2018/02/02(金) 12:07:23.57 ID:N4BcWXQL0
優秀なんだけど、潔癖過ぎて周りから嫌われたタイプってやつかね

 

209: 2018/02/02(金) 13:28:54.51 ID:Q16om0fd0
>>208
まぁ正論を言う行動もそれに順ずる人だったのかもな
正論の中にも逃げ道用意しとかないと人間関係はこじれるからな

 

210: 2018/02/02(金) 14:05:22.87 ID:gN92g7720

>>208
潔癖方面であることは良い事だけど度が過ぎれば問題が出てくるのは確か

ただ、潔癖すぎたかどうかも疑問
正しい事を言われて腹をたてるクズは現代にもごまんと居るしな

為政者の手足という立場上
使命感から
潔癖度に拍車が掛かったという事はかんがえられる

まあ真面目なんだよ
時代が早かった

 

213: 2018/02/02(金) 14:17:29.17 ID:dVnLfDA/0

家康に歯向かう気概を秀次の助命嘆願で発揮できたらな
あれが豊臣政権崩壊の引き金だったし

まぁだからこそ今度こそはで無駄に気合いが入ってしまったのかもしれないが

 

220: 2018/02/02(金) 17:01:21.38 ID:1P9e3/m20

>>219
途中送信

最後まで秀次を弁護してたが
他の諸大名が秀次を見放してしまったから
もうどうにもならなかった

 

216: 2018/02/02(金) 14:57:40.59 ID:wy6OV43e0
秀頼を関ヶ原に形だけでも連れて行けばよかった
替え玉でも遠過ぎてバレんやろ
千成り瓢箪があったら福島も細川も弓が引けんやろ

 

225: 2018/02/02(金) 17:32:54.59 ID:76y9+2580
三成はこういう人っぽい

 

226: 2018/02/02(金) 17:42:25.28 ID:drTmqmuh0
五大老筆頭と謹慎処分の奉行ではそもそも話にならない

 

227: 2018/02/02(金) 17:47:35.62 ID:0Fm//tg+0
石田三成と東条英機はどっちもアスペだと思う

 

228: 2018/02/02(金) 17:48:37.64 ID:5KXzKhw7O
戦場での進退統制戦術は信玄 外交戦略謀略は信玄秀吉から学習した家康に勝てるわけが無い

 

231: 2018/02/02(金) 17:59:21.72 ID:o5UyQz0i0
>>228
あのおっさんは信長の同盟者をやり続けた
この時点で処世術半端なさそう

 

232: 2018/02/02(金) 18:05:07.54 ID:YN3bkIyO0
ライバルを蹴落とすために大陸に出兵させたはいいけど管理が中途半端やったもんなあ
結局は徳川が利する形になっちまって・・・
なんでも中途半端で終わらせるから関ヶ原で高いツケをまとめて払うことになったわな・・・政治力の無さに定評あるよな(´・ω・`)

 

234: 2018/02/02(金) 19:01:16.35 ID:Fd9ogZvy0
まぁ今でも東大卒のキャリア官僚と高卒ヤンキー上がりは相容れないしな

 

261: 2018/02/03(土) 09:39:27.19 ID:ODlKR7gz0
>>234
三成と対立してた派閥もエリート揃いだぞ。
法学部と防衛大学くらいの差かと。

 

235: 2018/02/02(金) 19:50:06.87 ID:WO4s3ndW0
事務処理をやらせば賢かったんだろうが、
対人関係が絶望的にダメで他人を信用していないから、
細川ガラシャ等を人質にしようとしたが失敗。
それで余計に敵方を奮起させる結果になった。
人望の無さが致命的だった。

 

236: 2018/02/02(金) 19:56:02.69 ID:E8OvyrOx0
人望人望っていうけど、お前らゴミよりよっぽどマシなんだからな
それを考えて物を言えよ

 

240: 2018/02/02(金) 21:04:26.82 ID:nmzG5dgR0
言うほど人望ないのかね
上杉や島津、佐竹なんかは秀吉との仲介してもらったのを恩義に感じてたんじゃねえのか
上杉島津は西軍だし、律儀者で有名な佐竹義宣も西軍につこうとした

 

241: 2018/02/02(金) 21:07:52.09 ID:fgktvLsG0
>>240
島津「鳥居に断られたから西軍入るわwww」

 

263: 2018/02/03(土) 09:42:09.23 ID:ODlKR7gz0
>>241
島津「西軍入ったけど三成風情から命令されて気に入らないから動かないわ」

 

264: 2018/02/03(土) 09:43:35.34 ID:CAgSYaci0
>>240
上司や部下には好かれるし、よその人にも嫌われないけど同僚受けだけは悪いイメージ

 

244: 2018/02/02(金) 21:15:14.32 ID:fgktvLsG0
そもそも秀吉だって織田から政権奪った簒奪者だし
家康だって当時は律義者で有名だったし
三成が豊臣のために動いてたとは思えないんだよな

 

245: 2018/02/02(金) 21:28:57.23 ID:kkW8Jf410
織田信長が没落した皇室を復権させ
豊臣秀吉が皇室に多額の献上金で皇室の地盤を固めたが
徳川家康が乱交騒ぎをきっかけに幕府が皇室の権力を握り法律で縛り上げた

 

249: 2018/02/02(金) 23:12:19.49 ID:kOSMxyjn0
>>245
徳川家康の晩年を支えた、天海大僧正も結構子供じみていて、家康のタヒ後のおくり名は
「東照大権現」(とうしょうだいごんげん)だが、読み方を変えると「あずまてらす」になり、
要するに、皇室の祖先である「天照大御神」(アマテラス)に対抗させたのだろう。

 

246: 2018/02/02(金) 22:48:31.95 ID:XGQF7zUG0
三成は部長クラスなのに社長と役員説得して関ヶ原プロジェクトまでこぎつけた点では優秀

 

247: 2018/02/02(金) 23:05:52.90 ID:kOSMxyjn0
豊臣政権の盛時を支えたのは、武家・公家対応は豊臣秀長、商人対応は利休で、このふたりは
「政治家」だから、秀吉のムチャ振りに対して「兄上、それはいかがなものと・・」「殿下、それは世間に
対して受けが悪しゅうございますぞ・・」とある程度止める制止する事ができた。秀吉にしても激情のあまり
(この時代の人間はのちの日本人と違い感情を抑制する訓練をしていない)「この者をタヒ罪にせい!」と
言ってしまった挙句に「しまった!」と思えば内心で「秀長!秀長!止めろ!」というのはあっただろう
それで秀長が「あいや、兄上!この者は功績のある者!秀長の一命にかけてお命だけは・・」と言ってくれれば
秀吉にしても「秀長がそういうならタヒ罪だけは許してやろう」とできたろう。
が秀長が病タヒ、利休が刑タヒし、石田三成が実権を握ってから、豊臣政権は急激に残虐度を増す。
これは三成という人が、秀吉個人に忠実な官僚であって、一つも政治家ではなかった点に原因があるだろう。
政治家である秀長・利休は秀吉に命に対して、影に日向に調整しつつ実行するなり握りつぶせたが
忠実な官僚である三成は、秀吉から例えば「皆○しにせよ!」と言われれば、それが世間にあたえる影響や豊臣政権への
ダメージについて考えずに忠実に、それこそ一人も残さずに実行してしまう。
こういう人間が渾身政治家の家康に勝てる道理がないよね

 

259: 2018/02/03(土) 09:23:59.73 ID:aWMhhHLu0
大衆っていうのは台風や吹雪と同じで、個人は対抗できなくなるからな
代表者ではあるが、これは時代の意思と観る方が分かり易いよ
個人の力だけで何とかしようとしたのは信長くらいじゃないかな

 

269: 2018/02/03(土) 10:06:37.98 ID:XPM8dktT0

関ヶ原ってあくまでも豊臣家中の主導権争いだし
あの時点では家康は「律儀者の内府殿」で通ってたし
秀吉から秀頼の後見を頼まれたのは家康だし
暗○されそうだった三成を匿ったのだって家康だし
単に三成派のクーデターが失敗しただけなんだよね

関ヶ原に秀頼引っ張り出してたらもっと悲惨なことになってたんじゃないか?
誘拐みたいなもんだし

 

271: 2018/02/03(土) 10:29:41.78 ID:o+kyyTAv0
島津の言うとおり夜襲掛けてたら、成否関係なく本戦で戦わない事も無かったろうにな。
ま、if言っても仕方ないが。

 

272: 2018/02/03(土) 10:30:54.22 ID:EBh154MQ0
三成の挙兵が早すぎた
最低でも家康と景勝が東北で当たるまで待つべき
引き返した家康が箱根を越えたら、景勝は佐竹義宣・伊達政宗を誘って関東乱入
九州では黒田如水が無双して島津と決戦
三成と景勝に密約があったとかは伝説らしいけど、あと少し我慢してたらどう転んでもおかしくない状況だったのに
最初から将として無理だった
家康もそれを恐れてグズグズしてたのに

 

293: 2018/02/03(土) 20:11:26.82 ID:k6mFHXSs0
>>272
現代のような通信技術がある前提の戦略だな

 

273: 2018/02/03(土) 10:38:36.85 ID:ybCnKvL00
本戦が半日で終わってしまうのが情けない。
応仁の乱みたいに10年以上ずるずるやってれば秀頼が成人するのに。

 

286: 2018/02/03(土) 17:18:37.17 ID:2JHSrUZ50
>>273
三成には細川勝元程の
領土戦力がない

 

275: 2018/02/03(土) 11:51:29.20 ID:pPflcTdY0
淀君が関ヶ原の戦いの前で逆賊家康を討てと命令してたらなぁ

 

277: 2018/02/03(土) 12:13:48.14 ID:ODlKR7gz0
>>275
淀も敵多そうなイメージだなぁ。後世の創作もあるだろうが。

 

279: 2018/02/03(土) 12:32:22.75 ID:Jk0PFzMu0

豊臣恩顧の筋肉脳連中が淀を好いていたかどうか
多くが北政所派だったとすれば淀君がシャシャリ出るとかえって逆効果かもね

毛利が秀頼を抱いて、家康を討ていと大号令発すれば効果絶大だったろうにね

 

281: 2018/02/03(土) 13:27:27.97 ID:pACWwaOz0
>>279
輝元「じっちゃんが毛利は天下望むなと言うし」

 

283: 2018/02/03(土) 15:48:01.56 ID:ECCmX+mS0
>>281
輝元「いや~新しい天下人の家康しゃま~!ご機嫌よろしいでゲスか~事前の密約どおり
大坂城から一歩も動かなかったでゲスよ~これでお約束どおり本領安堵してもらえるでゲスね~」
家康「いや、あんた西軍の総大将なんだから駄目だよ。毛利家はお取り潰し(後に100万国前後の領土を
30数万石に削減に変更)決定だから。
輝元「ぎゃふん!」

 

285: 2018/02/03(土) 17:15:45.49 ID:XyYYQ8ej0
>>283
家康「そんなに毛利家が大事ならお前に恩賞としてやる36万石の領土を代わりに毛利家にやるがいいのか?」
吉川広家「…それでお願いします…」
家康「じゃあ今回だけは毛利家を潰さないでおいてやる。次はないぞ」
吉川広家「は、はい…」

 

288: 2018/02/03(土) 18:07:17.58 ID:ECCmX+mS0
>>285
家康「ふん!毛利家めお取り潰しを避けて、領土削減だけでとどめてやったんだから
毛利の将士はさぞ、徳川に恩を着ている事だろうな」
広島城を奪われ萩に移住する将士「徳川許すまじ~!この恨み晴らさで置くべきかあ~」
江戸時代の正月の毛利家
家老「殿、もはや徳川討滅の準備ができましたぞ!」
毛利の殿様「まだ時期が早い!!」

 

290: 2018/02/03(土) 18:59:42.89 ID:I67UcEW90
>>288
この倒幕ごっこが幕末に続くんだもんな

 

287: 2018/02/03(土) 18:01:24.83 ID:ojA1gne40
三成と同世代で同じ長浜城で育った黒田長政が有能過ぎた。
同世代の豊富恩顧の大名全部、黒田長政が東軍側にしてしまった。

 

289: 2018/02/03(土) 18:35:36.26 ID:ECCmX+mS0
>>287
で、裏工作もバッチリ働き、戦場でも東軍の為に粉骨砕身!東軍の勝利に貢献し、その後
自国に帰って、父、黒田如水の前で意気揚々と自分がいかに東軍勝利に貢献したかを語り
「家康殿は、自分の手をとって感謝を述べて・・」と語ると、物憂そうに聞いていた如水が
「家康殿がとった手は、そちのどちらの手だった・・」
「えっ・・?こちらの手でございますが・・」
「そうか、そちらの手か、ではその時、そちの逆の手は何をしていたのだ・・」
(なぜ、その手で家康の脾腹をさして○害しなかった!オマエがそれをすれば、当然、その場で
オマエは徳川の手で斬○されるだろうが、家康が○害されて天下が大混乱になれば、この父
如水が天下を奪ってやったのにの意)

 

292: 2018/02/03(土) 20:11:14.05 ID:PYkd1ohl0

戦国武将としてはかなり変わり種だと思いますね(´・ω・`)三成は

立身出世、自家の繁栄と安泰が至上主義だった武士時代でそういう欲が少ないってのは
是非はともかく面白い

小姓時代に知行すべて与えて渡辺勘兵衛を召し抱え、家臣の勘兵衛の家に居候とか
歴史上なかなかみないエピソードで傑物のひとりではあるでしょうね

 

296: 2018/02/03(土) 20:21:22.14 ID:pACWwaOz0
>>292
でもその無欲が関ヶ原で仇になって
三成本隊の兵力不足を招いてしまう
太閤殿下が100万石くれるといわれた時に
素直にもらっとけば兵力の心配などせずに済んだと
笑い話で済ませたてたが

 

303: 2018/02/03(土) 21:16:20.42 ID:lZnCqwzI0
ところで島左近って何が凄かったの?
三成が高禄で抱えたエピソードはあるけど
それ以前に具体的になんか凄いことした話ってあるの?
何かしら凄い業績や戦績があるから三成が高禄で抱えたんだよな

 

 

引用元: https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1517401637/

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