織田信長に仕えたアフリカ人ヤスケは本能寺の変後どうなった?

2019年11月4日

1: 2014/05/17(土) 00:01:44.00 ID:1WEQkDp0
ノブナガサマーッ!

5: 2014/05/17(土) 20:08:13.45 ID:63KXc61F
>>3
弥助の最後は諸説(本能寺で討タヒ・生きながらえて南蛮寺でひっそり暮らす・
逃亡後ポルトガル商船に奴隷として売り飛ばされる)あって、
本能寺の変後にどうなったかは不詳。

 

7: 2014/05/25(日) 23:11:25.16 ID:xZ70K4bc
イエズス会日本年報によると信長は弥助を気に入り、ゆくゆくは殿(城主)にしようとしていたという

 

9: 2014/05/31(土) 18:02:02.13 ID:gMQ8NT43
その後関ヶ原でタヒ亡されたらしい
直後裔は森川姓を名乗って京都で暮らしたみたいだ

 

12: 2014/06/19(木) 01:26:50.05 ID:gde/sYeG

●「彼の男、健やかに、器量なり。しかも強力、十の人に勝りたり」(『信長公記』)
●年齢二十六、七歳
●身長は六尺二分(約182.4㎝)
●日本語を理解できた

本能寺から信長の首を持ち出したのがヤスケだという説がある。
その後モザンピークに帰ったらしい。
現地に日本文化を伝えたという伝説が残っているけど、どこまで本当なのか…。

 

19: 2014/07/02(水) 13:00:09.69 ID:WtV6l0xr
もっと弥助を知りたいがいかんせん資料がなさすぎる

 

20: 2014/07/02(水) 18:45:13.09 ID:2S73xg57
>>19
きっと宣教師の元へ戻ったのだろうなぁ
奴隷から抜け出せない運命、、、

 

21: 2014/07/02(水) 20:43:33.85 ID:aJnQ8294
総見院はヤスケをたいそう気に入り、ゆくゆくは食封を与えようとしていたというじゃないか
奴隷という地位からすれば信じられないような栄達であり、
少なくとも家康の時まで生き長らえれば、アフリカの地誌を語る顧問として、三浦按針や八重洲と一緒に駿府へ招かれた可能性とてあろう

 

22: 2014/07/05(土) 22:00:08.96 ID:OEHzDuRM
>>21
ありえるありえる。
弥助町とか地名に名前が残ってたかもしれんな。

 

26: 2014/10/17(金) 17:53:19.69 ID:iPJ7mEY0
ヤスケ役はボビー・オロゴンしか浮かばない

 

35: 2016/01/14(木) 12:24:06.55 ID:DvVnxqm5
>>26 がっちりした体つきだからな
年代的にはゾマホン・ルフィンも捨てがたいが

 

38: 2017/01/01(日) 21:57:42.72 ID:W49YxHR3
当時の日本人の小ささからいえば、
現代でいえば、身長2m50センチ体重200キロぐらいの
格闘技の黒人みたいなものだな。
本能寺で取り囲まれたときも、明智兵はヤスケを遠巻きに取り囲んで興味津々。
黒牛のごとくの肌だったから(黒人だからといっても真っ黒ではない)、人間ではない
ということになって、生かしておいた。

 

42: 2018/01/30(火) 10:20:47.18 ID:k7HNqM8f
>>38
ヤスケが生き残って信長のデスマスクを取ったのは、最初からスパイとして宣教師が送り込んだ人物だった
とも解釈できる

 

41: 2017/11/17(金) 19:48:29.50 ID:czDOyRgh
宣教師らはキリシタン大名を使って日本を分断し占領するつもりだった。
ところが信長が生きていれば、次々にアジアの植民地を奪い取られる可能性がある。
よってスパイのヤスケなどを使って、信長を暗○したってとこかな。

 

46: 2018/02/06(火) 21:27:13.47 ID:so7f6I6t
>>41
その説面白い

 

48: 2018/02/12(月) 23:32:23.87 ID:mJNBx7Pn

>>46
宣教師らが本国に出した手紙って
「日本人は戦闘民族で、鉄砲の所有数もとんでもなく多く、武力ではとても我々では勝てません。本国の兵隊総動員でも負けます」
みたいな内容じゃなかった?

となると、当然織田信長が天下統一して、そのまま中国へも攻め込んで、当然その後にはアジア全域、ヨーロッパまで
攻め入って、モンゴル帝国の再来になるのは目に見えている

そうなる前に工作して潰しておく必要はあったと思うよ

 

52: 2018/07/16(月) 19:16:57.51 ID:58TW3OoV
織田信長に仕えた黒人侍「弥助」が世界で脚光 ハリウッド映画化も
https://newsphere.jp/culture/20180714-1/