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淡路島という日本神話の時代から逸話に事欠かない島

2021年2月2日

1: 2012/04/01(日) 18:12:53.03
淡州

 

2: 2012/04/02(月) 00:18:34.71
あわじ(ぢ)・・・天地治(あわぢ)

 

4: 2012/05/31(木) 23:35:43.48
阿波路→阿波への通り道=中継点

 

5: 2012/06/06(水) 21:05:09.70
アワの国は2つある。阿波と安房だ。海路で行く国。
ホーの国も2つある。豊と穂だ。
ともに豊かではあるが時の権力者に征服された国。

 

ちなみに、穂の国というのは"最初の蝦夷""アラハバキの最南端"。
それは持統天皇に消された王国。邪馬台国も穂の国にあった!

あえてどこか書かないのが卑怯でよい。

 

8: 2012/06/09(土) 23:18:42.07
あ~わ  への道
日月神示では、
あやわ、と表現

 

五十音図あ段の運用のこと。

 

15: 2012/10/10(水) 20:23:34.50
天地治(あわぢ)

 

20: 2013/09/23(月) 22:52:24.69
日本のひな形の島。ついになってるのが・・コ。
淡路しまは弐番目のコで。最初のコは湖になった。

 

21: 2013/09/25(水) 00:28:41.86
淡路は淡道と書き表していたはず。アワジではなくアワヂ。
淡の文字は水と火。火水=神。神に通じる道=神道。
言霊のアは天上。天(外来の侵略者)。物事の始まり
言霊のワは地上。地(在地の支配勢力)。物事の終結。
天地(アワ)の理が正順(利害得失が一致)して初めて国生み(国土経営)が成り治まった(チ)

 

22: 2013/09/25(水) 08:30:13.99
淡路は淡道と書き表していたはず。アワジではなくアワヂ。
淡の文字は水と火。火水=神。神に通じる道=神道。
言霊のアは天上。天(外来の侵略者)。物事の始まり
言霊のワは地上。地(在地の支配勢力)。物事の終結。
天地(アワ)の理が正順(利害得失が一致)して初めて国生み(国土経営)が成り治まった(チ)

 

26: 2013/10/05(土) 22:31:56.23
地神塔の全国分布

 

近畿地方の分布
 近畿地方では、兵庫を除いて地神塔の手掛かりはない。
地神信仰がまったくないのではなく、例えば和歌山では、社日は地神・農神を祀る日で、この日に土を掘り返すと凶事があるといい、
近在の神社を巡って7つの石鳥居をくぐるといわれる(野田三郎『日本の民俗 和歌山』(昭和49年刊)。
あるいは、倉田正邦氏が三重の民間信仰にふれて、地神と社日講の1項を設けていることからもうかがえる。
しかし、地神塔にはふれられていないから、ここでは兵庫のみを取り上げる。

〔 兵 庫 〕
 淡路島に五神名地神塔が分布している点は、平野栄次氏が『日本石仏事典』(雄山閣 昭和50年刊)の中でふれているが、
西谷勝也氏の『季節の神々』(慶友社 昭和45年刊)が詳しいので、これから引用しよう。
島内については、西谷氏は「淡路島の全域にわたって、シャニッツアンという五角面の石塔が祭られているのが分布する。
三原郡においては、各部落にそれらをみることができるが、津名郡の北部においては、その分布は希薄になっている。
これは石塔の五面の各面に、大己貴命、小名彦命、天照大神、倉稲魂命、埴安媛命の五神をそれぞれ陰刻したもので、
これが小石を累積した台座上にすえて祭られている」と述べ、津名郡五色町鮎原の塔の写真を載せている。
この文章からは、五神名地神塔のみが分布するように受け取れるが、グラビアの写真の中に津名郡北淡町大坪にある「地神」銘の自然石塔があって、
必ずしも五神名地神塔だけではないようだ。

 島の外の分布にもふれて、西谷氏は「淡路島付近のこの石塔の分布を見るに、島の北の対岸の摂津・播磨にはその姿を見ることはできない」としている。
従って、兵庫では淡路島だけに分布するようで、和田邦平氏もそうした事情を知り、『日本の民俗 兵庫』(昭和50年刊)では、
「基壇の上に立てた石塔に天照大神を正面に倉稲魂命などの神名を刻んであって、シャニッツアンと呼ばれ、淡路の民間信仰で農業の神として、広く祀られている」と記している。

 

30: 2014/11/17(月) 22:11:59.21
淡路島で島唄歌いてえ!

 

31: 2014/11/30(日) 11:19:38.08
地震が心配

 

32: 2014/12/08(月) 22:46:46.84
用心がマジ大切だな 災害は忘れた頃にやって来る

 

34: 2015/05/09(土) 17:01:20.34
社日塔、社日信仰は徳島藩主の蜂須賀氏の古里である濃尾木曽地方の信仰を藩内に移入し奨励した事から域内に広まった。
と漏れ聞きます。
淡路島(国)は徳島藩の領地でしたから社日信仰、社日塔が有るのは(徳島藩の施策上)いわば至極当たり前な事になります。
近隣の近畿地方に社日塔が見られないのも徳島藩固有の信仰だったためと考えれば当然の事でしょう。

 

35: 2015/05/09(土) 17:09:01.65
ところで、蜂須賀氏の名字が気になります。
蜂・須賀氏 、須賀、=蘇我
蜂、ハチ、ハヂ=土師(出雲族)?
蜂の虫を山に換えたら峰。、、、山々に蟠踞する須賀氏?
出雲族の流れ?

 

36: 2015/05/09(土) 17:28:20.48
淡路島(国)は古代、御食国と言われて中央、朝廷に食糧を供給していた豊かな土地(未だに全国の食糧自給率をはるかに上回りほぼ自給自足が可能な稀有な地域)
江戸時代、徳島藩の財政を支える柱が淡路島の産品。
取分け淡路島産米は大坂の堂島米相場では常に一等米にランクインされて高値が付きました。

 

片や本体の阿波国(徳島内)の米は土壌がイマイチなため正に常にイマイチな評価の安い米。
徳島藩では淡路島産の米を高く売り抜いて、代わりに安いイマイチ、イマニの安い米を買い付け
それを藩内に流通させて差額の利鞘が藩財政を支える重要な柱の一つでした。
明治になって淡路側が独立の動きを本藩側が抑えようとしたのもそんな台所事情(淡路島産品の揚がりが藩財政中バ○に出来ないレベル)が裏に有ったのでは

 

37: 2015/05/09(土) 17:43:01.30
堂島の会所でその日の米相場が午前中(10時頃)に立つ(売買が成立してその日の米の値段が確定)すると
すぐさまに速馬やら大きな旗を振り(ポイント毎に専従者が高い山に登り常駐して)旗振り信号により情報をリレー伝達して
僅か数時間後には徳島城に伝達されていた?
同じように岡山には3時間でデータが伝達されていた(明治時代)

 

38: 2015/05/09(土) 17:55:10.90
平和の象徴「蜂須賀桜」植樹 洲本で庚午事変の末裔ら

 

 明治3年、徳島藩の家臣らが当時の領地だった洲本城下を襲撃した「庚午(こうご)事変」の関係者の末裔(まつえい)らが3日、
洲本市山手の洲本八幡神社に集まり、徳島藩主ゆかりの「蜂須賀桜」を植樹。
関係者らは「融和の象徴として蜂須賀桜を末永く愛してほしい」と語った。

 洲本八幡神社の境内で行われた植樹式には約40人の関係者らが参加し、蜂須賀桜の若木2本に土がかけられた。

 庚午事変では、阿波・蜂須賀氏の支配下にあった淡路島で分藩独立運動を行った家老・稲田氏の家臣団を蜂須賀氏の家臣らが襲撃し、
互いに遺恨を残した。

 そのなかで、稲田家が開いた学問所の名にちなんだ洲本市の団体「益習の集い」は昨年、初の追悼式を開催。
「蜂須賀桜」を広める活動を行うNPO法人「蜂須賀桜と武家屋敷の会」(徳島市)との交流が生まれ、今回の植樹が実現した。

 「益習の集い」の三宅玉峰会長(62)も「徳島、淡路島の友好の花が咲くのを心待ちにしています」と語った。

http://www.sankei.com/region/news/150504/rgn1505040029-n1.html

 

40: 2015/05/09(土) 18:01:27.49
淡路島兵庫県編入の発端「庚午事変」の犠牲者追悼 洲本

 

 明治初期に徳島藩領の淡路島が兵庫県に編入される発端となった騒乱「庚午事変」の犠牲者追悼式が3日、
兵庫県洲本市の洲本国瑞彦護国神社で執り行われた。
住民有志ら約40人が参列し、幕末の激動期に翻弄された郷土の先人らをしのんだ。

 

43: 2015/05/20(水) 12:28:51.94
ここから(三原川河口)から川を遡った船着き場(上陸地点)が
淡路国二宮(国社。名神大社。)大和大国魂神社(海部/尾張氏の大祖神様)辺り。
ハタ(海、秦、幡多、機、、、、)の地名が残ります

 

オノコロ島神社は近代(有り体には明治)に大和大国魂神社が千年以上の永きにわたりイザナミ、イザナギとされていた物を社名通りに倭大国魂大神に復して
それまでの御祭神、皇大祖神とされる二柱を無下にも出来ず社地を新たに定めて遷すために創建されたのではなかろうか。
大和大国魂神社から見渡すとその前社、エビス神社のような位置関係。
例の大鳥居は大和大国魂神社の一の鳥居の様に見えます
神話の八尋殿(宮殿)を建てたのは二宮様の坐す丘(太古は小島)だと何とか可能かと。
(オノコロ島神社の丘はなかった(皇国史観に合致させる為に(大急ぎで)人工的に盛り土した丘))

国生み神話は海部/尾張氏(プレ大和王朝)のお話?

 

44: 2015/05/20(水) 12:44:35.84
倭大国魂大神は
伊勢の皇大神宮(内宮)に鎮座坐す天照坐皇太神とかつて(崇神天皇以前)は
皇居の天皇御座所に天皇親祭の祖法を以て並び祀られていた
全く対等の綾に尊き大神。

 

46: 2016/07/30(土) 23:48:42.66
淡路が阿波への路っていうのは間違い
淡海への路が正解

 

47: 2016/08/06(土) 11:15:37.22
>>46
天地道(あわじ)。
淡を分割すると水と勢い盛んな火(炎)。
水は陰気(イザナミ。国津神)。火は陽気(イザナギ/火火出見命(天火明(天照皇大神)。神武天皇))。
陰陽(天神地祇)交わりて天地の理(カミ)となし国が生まれる(国が成る)
故に淡路、淡道に込められた言霊は、まさしく神の道

 

48: 2016/08/07(日) 12:11:35.83
>>47
なるほど
淡路はそのまま淡路
淡、火水、アワ、αΩ、始まりであり終わりである、カミ、神
火と水で泡

 

宇宙の大規模構造(うちゅうのだいきぼこうぞう、large‐scale structure of the cosmos)は、宇宙の中で銀河の分布が示す巨大な泡のような構造である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%E5%AE%E3%AE%E5%A4%A7%E8%A6%8F%E6%A8%A1%E6%A7%8B%E9%A0

 

50: 2016/08/07(日) 12:23:02.45
陽の創造神イザナギ

 

伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)は、兵庫県淡路市多賀にある神社。式内社(名神大社)、淡路国一宮。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%BC%E8%AB%BE%E7%A5%9E%E5%AE%AE

創造神は二人いる

陰の創造神イザナミ

伊射奈美神社

 

61: 2016/10/21(金) 12:37:15.86
>>50
イザナミ神社。
明石市(明石川の東岸)にも御鎮座。
お隣?はイザナギ神社。

 

68: 2017/02/16(木) 21:17:20.35
>>50
籠神社の勘中系図に依ると、、、
イザナギさま=高木神、神魂命=天照皇大神=豊受大神(天照豊受大神)=国常立尊=天御中主尊

 

イザナミ大神とは、倭大国魂大神では無いかしらん⁉

 

57: 2016/08/09(火) 08:43:31.20
幕末の勤皇の志士たちの情報センター、根城の一つが淡路島の東山寺。
建立は弘法大師空海(空海由縁の伊勢の金剛鉦寺の真西)。
寺勢衰退して荒廃して永らく廃寺同然だったところ、一族(佐伯氏)の末裔の娘の夢枕に空海が現れ東山寺を再興して欲しい云々と宣ったのを受けて
讃岐国より来島し山中に分けいって東山寺に至ると
そこで目の当たりにしたのは荒廃して女手一人ではいかんともし難い散々な状況に暗澹たる気持ちと成られたそうです。
何とか少しずつ整備する内に勤皇の志士の支援者らから秘密の拠点として協力するのならば、、、、
苦渋の決断により件の通りとなり
畿内から絶妙な距離感から勤皇の志士たちから重要なポジションとなりあまたの志士たちが往来。
佐伯尼は京都ほかとの連絡役として活動為さった。

 

明治維新(国生み、革命)に淡路島が深く関与しました。

 

58: 2016/08/23(火) 22:06:54.28
先年土砂集積所から発見された完全な形の銅鐸は、
創造するに、いわゆる御神体山(神奈備山)の鎮め物(御神体)だったのではないでしょうか?

 

島内のあちこちの御神体山が土砂採取の為にむごたらしい姿となっています(現在進行形の山も)から可能性は高いと思いますが?

あな畏し。

 

59: 2016/09/11(日) 18:48:33.30
淡路島と言えばユダヤ系財閥のロスチャイルドが一部の土地を購入して
シャーロット・ロスチャイルドって歌手が住んでるらしい

 

千ヶ峰と剣神社と玉置神社を結んだ三角形をミラミッドに見立てると
ホルスの目に該当する島が淡路島ではあるか

http://rapt-neo.com/wp-content/uploads/2014/11/map.jpg

京都は逆五芒星で星の反対=太陽を現してるけど

http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/80/0000654980/14/img33b7f578zikdzj.gif

ヨーロッパにも逆五芒星をシンボルマークにしてる団体とかある

http://blog-imgs-52.fc2.com/k/i/n/kinnikuking/akuma.jpg

五芒星の真ん中に目玉があって
左右下の出っ張りと左右上の出っ張りの交差点を結んだ三角形でホルスの目も描かれてたりするけど

ホルスっていうのは古代エジプトのシリウス信仰を象徴する神

 

60: 2016/10/13(木) 01:04:56.49
>>59
虚ろながら、結界の極は同じ性質のモノと思う。
山なら全て山(いわゆる霊山)。
岬なら全て岬
島(江島、弁天島)なら島

 

神も同様。(呼び名は異なっていても)全て同じ神様。
近畿の逆五芒星は全ての極にイザナギ様が坐す。同様にイザナミ様(弁天?)も

 

63: 2016/10/25(火) 12:41:57.17
狸の島。

 

64: 2016/11/10(木) 23:19:23.54
マジな話。
フィリピン海プレートがアジアプレートに衝突して下に潜り込みますが更にマントルに沈降し出すのが淡路島の辺り、
更に更にプレートが本格的にマントルに落ち込むのが鳥取の辺り。

 

67: 2017/02/15(水) 14:33:47.53
淡路島は大吉備国を構成した一部、領地だったのではないか?
三原の慶の松原。元来はケヒ(気比、吉備)の松原。
前海(播磨灘/瀬戸内海)をケヒの海と言ったとか。

 

71: 2017/04/01(土) 06:33:01.00
オノコロシマでしょ?

 

72: 2017/04/02(日) 01:09:14.46
>>71
淡路島はオノコロ島ではありません。
神話のイザナギ、イザナミがどこかからやって来て日本国内をワヤクチャにかき回して最初に僅かに何とか占有した島(国、領土)

 

因みに、南あわじ市のオノコロ島神社は明治~大正にかけて国が新たに整備した新しい神社(明治後期と大正の二枚の古写真の不都合な全景写真(一枚は周囲と余り変わらない高さの平地。二枚は現在と同じ高台(=人工的に盛土したのがバレバレ))からも明らか)?
その御本体は二宮様の大和大国魂神社。

 

73: 2017/04/02(日) 01:19:36.93
イザナギ様らがどこかからやって来て、、、

 

秦人の徐福(イザナギ。スサノオ、天照大神/天火明/ニギハヤヒ)が渡来して国内を掻き回し(出雲帝国の正副二人の王(神、、、ヒルコ(大国主)と粟島(事代主命))を○害されて帝国は混乱に陥る)て、
新たに地歩を固め、王となってその一族御一統/勢力は大繁栄したらしい(天皇家にもつながる?)

 

引用元: https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1333271573/

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