どうして日本史では猿や狸や犬や狐といった動物を人間に例えるの???
龍は謙信、虎は信玄、獅子は氏康
竜は政宗、狐は義光、熊は隆信
に例えられる。
なぜ人物を動物で呼んだり表現するのか。
前田利家は犬に例えられたから犬呼ばわりされたんじゃなくて
幼名が「犬千代」だからだよね。
なんで幼名に動物の名前入れるのかって問題はあるが。
干支じゃん
前田利家の生まれは諸説あるんじゃなかったっけ。
長男の利長も幼名が犬千代で、こっちは間違いなく戌年だが。
孫(三男の子)の利高も犬千代だ。こっちは戌ではなく辰年の犬千代だ。
曽孫の光高は未年の犬千代。
もういいか。
>>8
昔は魔物が人の子とわかると連れてってしまうという考え方が
あったから(子供のタヒ亡率が高かったことも関係すると思う)
わざと名前に動物とか縁起の悪いもの(例えば悪)を入れたり
妙な名前にして魔除けにしたという風習があったから犬千代も
そうだったんじゃないか説もあるよ
中には珍宝丸なんていう人もいて彼は戦には出ているから諱もあった
はずだけど諱不明なんで珍宝丸まんまで今に至ってしまっているけどwww
霊力あって、人を騙したりするけど
館林城だっけかの築城場所の選定をしてくれたりと
人助けもするんだよね。
鬼も動物?
>>4
>おいなり様とか狐って神様?
お稲荷様は神様だが狐はお稲荷様の使いだ。
鬼は化け物だが元々は幽鬼でタヒ者の魂を意味した。幽霊に近い。
日本ではいつの間にか丑寅の方角が鬼門という事になったので
牛の角と虎皮の腰巻きが付き物になった。
>元々は幽鬼でタヒ者の魂を意味した。幽霊に近い。
そんな一言で片付けられないだろ
wikiよりひどいな
>>4
中世の京都で
仁和寺の僧侶が、キツネ3匹に襲われたが刀を抜いて撃退した話
徒然草 現代語訳つき朗読 第二百十八段 狐は人に食ひつくものなり
http://roudokus.com/tsurezure/218.html
《訳》
> 狐は人に食いつくものである。堀川殿にて、舎人が寝ている足を狐に食われた。
> 仁和寺にて、夜、本堂の前を通る下級の僧に、
> 狐が三匹飛びかかって食いついたので、刀を抜いてこれを防ぐ間、狐二匹を突く。
> 一匹は突き○した。二匹は逃げて行った。
> 法師はあちこち食われながら、特にどうという支障は無かった。
関西=キツネ
「根本に実義少なき、身持墜弱」という和泉人は「野狐に衣服をしたるに似たり」という。
(人国記)
関東=カラス
「見目もキラキラしく、手聞き魂太く」という関東者の騒ぐ声が、「東烏の鳴合たる様」に聞こえた。
(今昔物語集)
昔の日本は、人食いのニホンオオカミが人馬を襲ってたから
犬と狼では、だいぶイメージが違うよ
加賀・能登の民話、「狼を退治した狛犬」
オオカミの群に襲われて寺に逃込んだ人達を守ろうと、狛犬が動き出しオオカミ退治する話
これ、まんが日本昔ばなし、で「不思議なコマ犬」と放映された、有名な民話らしい
加賀藩でも、オオカミに襲われる犠牲者が多く、何度も足軽を出して退治してる背景がある
ジュボーダンの獣とかいたな
>>30 オオカミ退治>>24の英雄というと
義仲は少年期、オオカミ数頭に1人で立ち向かい斬○
人形劇『平家物語』vol.5 – 22~24話
http://kiratemari.exblog.jp/4627472/
> 駒ヶ根の牧が狼の群れに襲われ、愛馬が餌食にされたことに腹を立てた義仲が、
> たった一人で狼数頭に立ち向かい斬○する光景を目の当たりにして、
> 将来天下にはばたく武将の相を見て取り、その教育係を引き受けた…
「狼坂(おいぬざか)」 ...八幡太郎義家の、軍勢によるオオカミ退治の功績
源義家の狼退治伝説 – 地元あちこち
kacco.kahoku.co.jp/blog/m-katono/53770
> 「医学部北門から南に延びる旧新坂通りのこの辺りのゆるい坂道は、
> 八幡太郎源義家が後三年の役に奥州下向の折(1083年)、
> 万民を悩ます狼を退治し埋めた所と言い伝えられている。」
> 昔は中山の辺りには狼が多く住んでおり、 この辺りまで下りてきて
> 住民に危害を加えていたそうです。
八幡太郎義家は、万民を悩ますオオカミを軍勢で退治し、名を上げた…>>32
猟師の方の話にならよくでてくるけどな
あれやこれやと生き物のイメージを利用したんだ
竜や虎・鷹→わかる
兎→うーん、アルテミス的な?
トンボや毛虫、あるいは魚介類→意味する所は知識として理解してるけど、…わからん
ヤマタノオロチや清姫など
引用元: https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history/1376619782/
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