中華人民共和国の真の英雄、周恩来について

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1: 2007/03/04(日) 00:10:37 ID:fSEYGivm0
周恩来、この人がいなければ今の中国はなかった。
この人が毛沢東より長生きしていれば今の中国は
もっと、いい国になった。
・・・と思う。
周恩来について語りましょう。

2: 2007/03/04(日) 00:25:55 ID:X6vs+Uuq0
この人は、中国でも尊敬している人が多いみたいだな。
掲示板で毛沢東より先に名前が挙がってた。

 

3: 2007/03/04(日) 08:28:26 ID:IPe7TQZUO
ただの社会主義的資本家ファシズムの官僚だ
毛沢東に愕然と脅えてた、臆病な悲しいまでのお人好しな偽善者だ

 

4: 2007/03/04(日) 10:52:00 ID:+qp1CjEf0

若い頃はなかなかのハンサムですな

まあ、言われているような「人格者」だけの人間だったら、
毛沢東のそばで最後を全うできるとも思えない。
自分の立場を守るという点では、かなり強かな人でしょう。

 

5: 2007/03/04(日) 16:20:37 ID:IPe7TQZUO
蒋介石委員長の若い時の方がハンサム
てか国民党の軍服がスマートなのか…?

 

11: 2007/03/05(月) 01:12:17 ID:QsQY3ZR60
>>9
髪の毛まだあったの?

 

12: 2007/03/05(月) 14:17:10 ID:4pS9MCeCO
>>11
髪は坊主にしていたみたいですよ?
日本陸軍に研修留学したからかな?

 

13: 2007/03/05(月) 15:23:46 ID:8w/KYKJU0
>>12
反対できたの?
毛沢東が人の話を受け入れた可能性があった?
時間があるときでいいから、詳しくお願いします。

 

14: 2007/03/05(月) 15:33:57 ID:4pS9MCeCO

>>13
文化大革命発動直前の当時の会議では、中国共産党の最高権力者で政治的な決定に携わっていたのは
毛沢東・劉少奇・周恩来・彭真・朱徳・トウ小平・林彪
文化大革命は劉少奇とトウ小平と彭真の打倒が目的だったわけだが、当時の毛沢東派は毛と林彪のみ。周恩来と朱徳は中立だった。

毛沢東は周と朱を抱き込むコトによって多数派となりえたので、文化大革命を積極化出来た。

また、朱徳は最後まで中立的な只の軍人であり続けた。戦争中の軍歴から立場は高かったが、政治的なコトは余り関与せず、ただ共産主義を支持するというだけの人間だった。
林彪は思想面からの毛沢東個人崇拝に大きな役目を果たしたが、実際の革命事業の実行は周恩来の役目によるところが大きい

 

15: 2007/03/05(月) 15:47:45 ID:8w/KYKJU0

>>14
しかし、それでは、周恩来も毛沢東に切られる恐れがあったのでは?
自分の立場を守りながらも文化大革命に反対することは可能だったの?

むろん、自分がどんな目にあおうと反対するのが、真の愛国者、革命家だろうが

 

7: 2007/03/04(日) 23:03:10 ID:Yy6turVj0
周恩来が鄧小平よりうえだよ。
鄧小平は周恩来をまねて非なるもの。
周恩来はもっと人民の人権を大事にしていた。

 

8: 2007/03/04(日) 23:57:36 ID:IPe7TQZUO
>>7
それは甚だしい誤解もいいとこ
感情面での話なら納得だが現実は大事にはせず、自己保身に汲汲と

 

16: 2007/03/05(月) 15:50:41 ID:4pS9MCeCO

これは、1965年12月に毛が
「劉は立ち去らねばならない」
と決意したことを敏感に感じた周恩来が、自己保身の為に同月の政治報告で
「党内にブルジョワ的な風潮がある。ブルジョワ分子は党内の上層部に代理人を探すもので注意が必要だ」
と演説したコトに等しいと考えて差し支えないだろうね。

極めつけは文化大革命発動初期の天安門での演説
天安門に上の七人が並んで紅衛兵を見下ろす中、周恩来の演説は身振り手振りを伴った過激なもので
「いかなる革命家であろうと、晩年になってブルジョワ階級になる者にはロクな末路はない!」

毛沢東と林彪は笑顔で紅衛兵を見下ろしながらソレを聞いていた。
劉少奇は顔面蒼白で、禁煙の天安門上でひっきりなしに煙草を立て続けに吸い、トウ小平は今に見ていろという感じで周を後ろから見ていた。

 

19: 2007/03/05(月) 16:12:39 ID:8w/KYKJU0

わざわざ携帯からありがとうございます

しかしまあ・・・
よく毛沢東は20世紀の朱元璋という言われ方をしますし、
実際、文字の獄=文化大革命ともいえないこともないわけですが、
そうなると、周恩来は李善長になるのを恐れて、蕭何になる道を選んだ、
って感じですね。

 

20: 2007/03/05(月) 17:03:15 ID:4pS9MCeCO
>>19
すいません、近代中国のみしかわかりません(苦笑)
ただ、やはり「自己保身」!
中国の政治の世界ではコレは第一に考える必要がありそうですね

 

22: 2007/03/05(月) 21:56:28 ID:2eB2aYjM0

>ただ、やはり「自己保身」!
中国の政治の世界ではコレは第一に考える必要がありそうですね

中国に限らず古今東西(知人の自慢話にいたるまで)考えに入れといてたほうが良いと思うけど

 

23: 2007/03/06(火) 23:07:11 ID:jj31+fY/0
毛沢東はかなり周恩来に警戒心を抱いていたらしいね。
それを周恩来も察していて、より保身に注意した。

 

24: 2007/03/07(水) 09:41:41 ID:xJXQEVBb0
なら、文化大革命の時の周恩来の立場って、
マッチを擦りたがっている毛沢東の代わりにマッチを擦って、
その火が予想外に大きくなったので、慌てて消そうとしたマッチポンプですか

 

25: 2007/03/10(土) 11:37:26 ID:14g4yvXaO
文芸春秋の広告を見ていたら周恩来は毛沢東に○されたとある。
本当かな。買って読んでみるか。(?_?)

 

26: 2007/03/10(土) 14:18:12 ID:PqBHhOcFO
○されたのか?
癌の治療を受けさせてもらえなくてタヒ期が早まったんじゃなかったっけ?

 

27: 2007/03/10(土) 18:34:10 ID:14g4yvXaO
>>26
文芸春秋読んだら毛沢東は癌が早期発見で助けられたのに手術を受けさせず、それにより○してしまったということのようです。

 

28: 2007/03/10(土) 22:29:55 ID:hcYvGDJm0
保身に徹したと見るか、毛沢東よりの立場に身をおき
せめて最悪の事態だけは回避するように最小限の調整したと見るか。

 

35: 2007/03/20(火) 20:28:55 ID:MidIVaD50
>>28
難しいね。周恩来が毛沢東を倒すことはできないだろうし、周恩来まで
粛清されていたら、更に文化大革命が暴走していたであろうことは想像
に難くない。

 

30: 2007/03/11(日) 00:27:50 ID:2Ej70K7g0

周恩来の養女で女優だった人が、毛沢東からレ○プ同様のまねをされ、
その後、毛沢東との仲とスター女優だったことで江青に妬まれ、
文革時に拷問で○されたって本当ですか?

しかも、彼女の逮捕状に周恩来がサインしたって

 

32: 2007/03/11(日) 10:27:53 ID:XH/f52VmO
>>30
ホントらしいぞ。実際は紅衛兵に糾弾され、タヒ体となって帰ってきたら、背中に傷だらけ。

 

31: 2007/03/11(日) 09:13:51 ID:5NrbRErg0
毛沢東ってクズみたいなやつだな
なんでトップになれたの?戦争が強かったとか課?

 

33: 2007/03/11(日) 10:50:30 ID:2Ej70K7g0

>>31
まあ、革命家としては優秀・・・
孫子のパクリと陰口叩かれているにせよ、現代のゲリラ理論を作り上げ、
その理論は現代のビジネス理論にも取り入れられている優れた戦略家、
大変な読書家・教養人(ただし、読んでいたのは、中国の古典で
現代の政治・経済・外交の理論書どころかマルクス主義の本すら読んでいなかった)
優れた書家・詞人でもあった…

革命に勝利した時点でタヒんでいたら、間違いなく世界史に名声だけを
残した人物だからなあ

 

36: 2007/03/21(水) 18:21:12 ID:taMMX+dDO
香港の研究者の見方では
周がいなければ文化大革命は酷くはなったものの、その破綻はもっと早く訪れ、なおかつ中国共産党に対する断罪は更に徹底したものになっただろう、と

 

38: 2007/03/23(金) 08:21:58 ID:j+asAmCL0
真の英雄は胡耀邦

 

41: 2007/04/07(土) 10:08:16 ID:QF0ktvKD0

まあ、こうしてみたら、中国にとって一番良かったのが、
第一次5ヵ年計画が成功した当たりで毛沢東がタヒんで、
その後を周恩来・鄧小平・劉少奇に任せるのが一番良かったんだろうね・・・
そのほうが、毛沢東自身も名声だけ残って、晩節を汚さずにすんだ。

さんざん、ガイシュツなことですが。

しかし、そうなると、中国の経済大国化が早くなり、日本のライバルと
なっていた・・・かなあ

 

46: 2007/04/21(土) 04:09:02 ID:VH6yqJ0L0
周恩来は中国では孔子になぞらえられた。
だから後の政府は孔子を批判した。

 

48: 2007/05/10(木) 20:02:15 ID:kvV8XhV20

まあ、実態以上の評価を受けるのも政治家の能力のうちだとは思うが。

今、「映像の世紀・第六集 独立の旗の下に」の黄ほ軍官学校のあたりを
見ているんだが、ちょっとにやけた感じではあるが、スマートな美青年の
蒋介石・36歳といかにも人格者と言う感じの周恩来・26歳。

とても、26歳には見えない落ち着きと品格w

しかし、ここに出てくる生徒たちの何人が天寿を全うできたやら

 

49: 2007/05/13(日) 03:27:42 ID:x2gU0zgD0
周恩来は人格者であったと確信する。
毛沢東が控えていても人民を思った人。
この人がいなかったら中華人民共和国は
もっとひどいことになっていたこと確実。

 

52: 2007/05/27(日) 04:02:30 ID:TRz9HXpi0
誠実に嘘をついたひと周恩来

 

56: 2007/06/17(日) 13:21:04 ID:l0dJUjSt0
日中国交正常化成立の時に
田中角栄と激しく握手した周恩来が忘れられないお

 

58: 2007/06/24(日) 22:20:23 ID:dmRgg9yO0
あの時代に一度も失脚しなかったのは彼一人。
毛沢東や四人組が何度も失脚させようとしても
出来なかったただ一人の政治家。失脚しなかったことで
総理を批判するのは筋違い。総理は大政治家。

 

64: 2009/01/02(金) 19:58:03 ID:yCvElajC0
毛沢東が建国宣言を発している横にいるあご髭の長い仙人みたいなじいさんは
誰ですか

 

111: 2013/12/17(火) 04:19:19.56 ID:CSbOKy0S0
>>64
あのヒゲの仙人みたいな爺さんたしかに気になる
毛沢東よりだいぶ年上そうだし共産党結党時からの古参の人物に間違いないだろう
それでも名前が出てこないってことは見た目のインパクトの割には無名の人物??

 

68: 2009/04/19(日) 02:08:59 ID:cnLFXm9W0
周恩来は日本でも人気有るんだよな

 

69: 2009/04/22(水) 11:22:48 ID:h/bvNPi7O
周恩来は親日家だから
彼のおかげで日本にパンダが来た

 

71: 2009/04/30(木) 03:09:59 ID:3KILKyOi0
なんかソ連のカリーニンと立場が似てるよね
大粛清時代では人民の拠り所であり
常に時の独裁者に忠実
最後まで権力闘争に負けず上層部に居座れた

 

77: 2010/03/05(金) 08:30:46 ID:HTYo99de0
周恩来って、周王朝の末裔?

 

78: 2010/03/06(土) 10:44:32 ID:61f0YVFRO
違うよ。
周室の姓は姫姓、周の裔ならそこから派生した各公室に因む氏になる筈。
周恩来が周の末裔なら、魯迅だって周の末裔って理屈になる。

 

85: 2010/09/25(土) 11:12:47 ID:ugyU/UTP0
中国は分かりやすい。
石油はよく調べたらありませんという事になったら静かになるだろうなw
今の中国は経済的には大きくなったが、人間性は小さくなったねwww

 

87: 2010/09/28(火) 14:02:39 ID:dAC/EvBDO
Wikipedia読むとこの人程の実力者でも自分の養女文革で助けられなかったんだね~
案外裸の王様だったんじゃね、何が名宰相だ(笑)

 

89: 2010/10/10(日) 18:36:01 ID:i8sWZhCN0
周恩来は 仲由ではない。保身できたから、国家も全うできた。
毛沢東然り。

 

94: 2011/05/27(金) 15:25:28.58 ID:+D0zm6Fn0
周恩来は清平の奸賊毛沢東の暴走に生涯付き従った犬だろ
劉少奇、鄧小平に比べたら単なる奸賊だよ
早く毛王朝終わらねぇかな

 

98: 2011/08/02(火) 19:32:08.86 ID:GgGD+2l20
周恩来が居なければ共産党が支那大陸を支配することは無かっただろうな

 

100: 2011/08/05(金) 21:55:32.96 ID:iWvimO750
周恩来って角栄訪中時も笑顔で臣下扱いとかえげつないことやってるんだよなぁ
その角栄の弟子の小沢がまた中国で舐められてるってある意味因縁だねぇ
周恩来は日本からの賠償とかで譲歩する一方で実質的かつ継続的な円借款をゲットしてるし
狡猾という言葉がよく似合う
とてもじゃないが日本から見て良き隣人的人物ではないのは確か

 

101: 2011/09/09(金) 18:30:48.70 ID:0HVGAmzz0
>>100
キッシンジャーと周恩来の密談内容見れば良く分かるが
潜在的に日本は永遠の仮想敵国という認識が彼の考え

 

106: 2012/10/25(木) 03:10:20.20 ID:76Vh9f3g0
周恩来の日本観
周恩来:「日本をこんなに太らせたのは米国だと言わざるを得ません」
キッシンジャー:「それはそうだが、現実だから仕方ない。どうするかは我々(米中)で決めましょう」
周恩来:「日本は戦後賠償を免れ、他国の戦争で大もうけした。米国が管理しないと何をしでかすかわからない」
キッシンジャー:「中国の視野は世界的だが、日本の視野は狭くて部族的だ」
キッシンジャー:「日本人は他国に感受性がない。自分のことしか考えず、変わり身が早い。封建制から天皇制に2、3年で変わり、天皇崇拝から民主主義へはたった3カ月だ」
周恩来:「島国ですからね。とても変わっている」
毎日新聞余録・2002年7月7日

 

107: 2012/10/25(木) 10:18:29.10 ID:Rd+Cmwn90
周恩来は、毛沢東の文化大革命の行き過ぎを懸念して、命がけで軌道修正しようとした。
今の北朝鮮のような体制の中で、ガンで余命幾ばくもないことを知りつつ国交回復に尽力した。
日本を訪れたい希望はあったようだが、タヒ期を悟ってした彼はそれがかなわぬことを知っていたようだ。

 

108: 2012/10/27(土) 23:03:43.57 ID:ejsTuC9O0

「何をしでかすかわからない」・・・そんなふうに見られていたんだなぁ。
周恩来は日本にも留学していたし、身を以て自分たちの風土との違いを感じたに違いない。それはとても大事なことだけど

今は日本人も中国は何をしでかすかわからないと思って見ている。
アジアの友好はますます遠くなったように見えるが、もともとの距離がこのようなものだったのではと考えると
むしろそちらのほうが落ち着く感じがする。
政治的な上っ面だけの友好は、やはり真の理解にはならない。

 

 

114: 2015/09/30(水) 22:21:42.49 ID:/NVLkGqw0
あれほどの独裁者の下で粛清を回避しながら手腕を発揮し、
圧政に対して可能な範囲で中和作用を果たした周は評価できる
しかし、まあ、もう少しトップがまともだったらより良かっただろう

 

120: 2019/03/14(木) 09:57:34.44 ID:gQyJzPgY0
文化大革命で失脚してない時点でね
生き残りの術にたけていたという意味では凄いけど

 

123: 2019/04/06(土) 14:39:54.13 ID:7Jna6foJ0
あれだけ毛沢東に唯々諾々と従って自己保身に努めたのに、
タヒ期を悟った毛沢東は周恩来が自分より長生きするのを許せなかった
最期は毛沢東にわざと癌の手術を遅らせられて手遅れになってタヒ去

 

 

引用元: https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/chinahero/1172934637/

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