【戦国時代】もしも秀吉が明ではなく蝦夷地から北を攻めていたらその後の歴史は変わっていた?

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1: 2012/11/14(水) 21:28:57.82 ID:bj9p/ZAP
シベリアは日本になっていただろうか

3: 2012/11/14(水) 22:31:12.03 ID:ngiMIftZ
シベリアに行きたがる大名も農民も商人いないだろ
切り取り成功しても赤字

 

4: 2012/11/15(木) 00:09:10.32 ID:R8PvHFHK
カムチャッカとかはアイヌと同族のクリルだから余裕だな。
シベリアは微妙だけど極東ロシアはほぼ無主状態だからこれも余裕。唐入りを失業対策って側面て考えたら1が五奉行にいれば地図が大分変わってたんじゃねー

 

5: 2012/11/15(木) 00:28:06.66 ID:8ZJtl3k3
要注意大名はシベリア送りになるのか

 

6: 2012/11/15(木) 00:59:36.33 ID:I/plaqZ1
シベリアとかあんな不毛の地取ったって意味ねーだろ
二百年後くらいの間宮林蔵に任せとけばいいんだよ

 

7: 2012/11/15(木) 02:21:32.23 ID:8u8KgbHY
シベリアより外国勢力のない
国後、択捉と島を辿ってアラスカ辺りまで勢力を伸ばせたかも

 

8: 2012/11/15(木) 02:32:26.56 ID:R8PvHFHK
だから意味は失業対策だって。
屯田兵だって不毛の大地にいったじゃん。

 

9: 2012/11/15(木) 07:35:52.88 ID:I/plaqZ1
ご当地ロシアだってもて余し気味・流刑地のシベリア流しってタヒ罪と同義じゃん
屯田兵の実情はタヒんでも構わないような罪人だぞ

 

10: 2012/11/15(木) 14:27:32.58 ID:psFWQwfs
いっそみんなでオーストラリア大陸めざそう

 

12: 2012/11/15(木) 17:31:26.70 ID:lXvY0Pro
シベリアの木を数える仕事どころか、シベリアの木になりに行く仕事だな
今もってアレなのにシベリア、アラスカとか鮭やクマでも狩りに行くのか

 

13: 2012/11/15(木) 20:28:02.62 ID:bgAwRkvI
名護屋城的なものはどこに建てるのかな

 

14: 2012/11/15(木) 21:02:16.60 ID:I/plaqZ1
宗谷岬から出発するなら今の旭川の位置くらいかな
札幌函館(今の)かも。本州に近いし。
道民だがたまに絵島と渡島の違いが分からなくなる
っていうか今わからない

 

15: 2012/11/15(木) 22:28:35.56 ID:TuTvEt+i
鮭、にしん、鱈、、昆布、おっとせい、あと石炭

 

16: 2012/11/15(木) 23:29:27.62 ID:ZFfMcIXF
アリューシャン島伝いでアラスカもありだな

 

17: 2012/11/16(金) 00:04:14.03 ID:Sy3n1KIq
ロシアじゃラッコの毛皮が超高値で取引されてたらしいよ。
江戸でもけっこう売れたらしいけど。

 

18: 2012/11/16(金) 00:31:25.17 ID:OFKTbhQj
せいぜいオホーツク海沿岸までだろうね
内陸部とか無理。タヒぬ

 

20: 2012/11/16(金) 11:16:04.08 ID:/V+bX9R6
石炭採掘したとして、気候とか輸送経路とか考えると、安定的に供給できる気がしない

 

21: 2012/11/16(金) 16:29:35.20 ID:7NHrsZ3p
米も育たぬ土地を攻めてどうする

 

22: 2012/11/16(金) 18:20:06.67 ID:5jBfyzop
近代化はどうなったんだろう

 

23: 2012/11/16(金) 20:40:47.79 ID:/mB9XMbi

とりあえず一つだけハッキリしていることがある

ヒデヨシにすべてを奪われたニダ!謝罪と賠償を要求するニダ!

……とは言われないことだ
やったね維新ちゃん石蔓子も大河になれるよ

 

25: 2012/11/17(土) 06:03:26.44 ID:3dS/m0vM
オホーツク沿岸やサハリンとかなら凍タヒもたぶんしないしロシアがくるのは百年くらいあとだからいけるんじゃね?
でも結局ウラジオストクらへんまで南下して日本海が内海になり大都会富山が誕生する‥

 

26: 2012/11/17(土) 06:26:13.47 ID:cZaC3SvS
ウラジオというか沿海州は清の領域になるから無理だべ。

 

27: 2012/11/17(土) 13:11:47.99 ID:mflJVV6U
ここに出張ってくるのはロシアだけで、それもまだ後の時代だから
樺太がもう少し確たる領土扱いになって、樺太の交換条約はなかったんじゃないか

 

28: 2012/11/17(土) 13:57:54.15 ID:HKOWp36g

江戸時代後期ですら蝦夷で弘前藩士遭難事件みたいなのも起きてるし、シベリアとか無理なんじゃないかな
松前藩は勘察加や樺太まで領有してるとかホラ吹いてたけど

やっぱ攻めるなら琉球、フィリピンだな

 

29: 2012/11/17(土) 19:16:22.94 ID:SX1KJyZp
なんで切り取り放題の蝦夷地をほっぽってたの?って思う
京都から遠いから?交易で莫大な利益を産めるのに
津軽海峡くらい軽くこえていけるのに

 

30: 2012/11/17(土) 23:13:48.38 ID:g1ht5Gik
>>29
交易だけで充分だったからだよ
米も取れん土地切り取ってもうま味無いし、ならアイヌから買い叩いて稼いだ方が、直接支配するより安上がり

 

32: 2012/11/18(日) 02:59:19.10 ID:jLYo2zuU
何もない土地に進出して、支配地を広げようという意識は
当時なかったのかもね
朝鮮、あるいは明を攻めたのはそこに国があるからで、
それを服属させるためではないだろうか

 

33: 2012/11/18(日) 08:13:42.20 ID:un4XC6ob
明に攻め入り沈毒(インド)まで征服するつもりだったので
たかが通り道の朝鮮人程度にあんだけ苦戦するなどボケかかった太閤殿下には
なおさら理解できなかったんだろうさ

 

34: 2012/11/18(日) 11:06:44.35 ID:WCHFMqI1
>>33
信長の命令で、壮齢の秀吉が直接行ってたら面白かったのにな

 

40: 2012/11/21(水) 01:36:29.84 ID:5qnTmti7

>>34
82年当時で余命17年だからな・・・
しかも最後の5~6年はもうろくしてたし
実質10年ぐらいしか陣頭に立てない

さらに82年当時で北条上杉はまだ領土保ってるし、
東北は混乱してるし、
実質3年ぐらい働ければいいほうだったんじゃね?

 

35: 2012/11/18(日) 20:01:40.16 ID:CGrWROAb
石高制だとお米がとれないとこは無価値なのなか

 

224: 2017/03/17(金) 09:52:19.85 ID:rcvwTzMG
>>35
当時は米=お金だったからね

 

36: 2012/11/19(月) 05:07:55.95 ID:qxa6a6IU
人足や農民がいないと重農主義社会が成り立たないからかな
石高制のせいで米ばっか作ってた印象があるけど違うんだろうなw

 

37: 2012/11/19(月) 09:15:37.92 ID:7H4kfpGY
北海道で安定して栽培出来るような米の品種が開発されたのはここ数十年でしょ

 

38: 2012/11/19(月) 19:38:50.23 ID:9uzjo7w2
台湾に入植したりパプアニューギニアに入植すれば良かったのに

 

39: 2012/11/19(月) 20:12:55.71 ID:tDbmY3PK
小氷期真っ只中のシベリアor千島列島に突っ込んでもねぇ…。
台湾領有は割と現実的だったかもしれない。でもそれだと産業革命後に西欧勢力が押し寄せてきて植民地化して今ごろ沖縄も日本領じゃなかったかも。

 

43: 2012/12/01(土) 21:50:27.72 ID:ydpWveOX
上で米が云々って言ってるけど貨幣経済に替えちまえばいんじゃね?
信長は貨幣の大事さ分かってたし維新の時にできたんだからできないってことはないだろ

 

46: 2012/12/12(水) 18:38:18.81 ID:uy/u31bH
戦国時代から近代まで維持するのも難しそうだな

 

48: 2012/12/13(木) 20:29:43.47 ID:DN/Qokue
重商主義の秀吉が南進よりも蝦夷地以北を目指す事はIFでも
考えられない。

 

49: 2012/12/14(金) 02:36:10.18 ID:DCuFy69y
蝦夷地だけでお腹いっぱいだな
追放先としてなら有りかもしれんが

 

50: 2012/12/14(金) 17:37:04.35 ID:Kfm/rF4b
北海道って行政単位は一個だけどそこらの県よりはるかにデカいからな
同じくらいの大きさの九州だけで9県あんのになんで道だけひとまとめにされてんだよ

 

53: 2012/12/21(金) 20:26:40.14 ID:XejAruNT
そのままアラスカまでいって新大陸が日本の領土になってた

 

54: 2013/01/08(火) 19:18:20.18 ID:EWzOIM/T
カムチャッカ半島にも、日本人が沿岸に少々住んでいたが、ロシア人は
たったの40人の兵で南下しつつ
カムチャッカ全土を占領したぞ。
秀吉が北進をかけていたら、蝦夷どころかベーリングまで占領できるわ。たぶん。

 

56: 2013/01/08(火) 22:33:29.14 ID:EWzOIM/T

土地占領だね。沖ノ鳥島みたいに、岩礁みたいなちっぽけな島でも
日本政府としては手放すつもりはないのと同じく、
日本最北端の酷寒の土地でも、あるならば、たやすくは放棄しないさ。

ちなみに、小笠原諸島は、武将の小笠原氏が見つけたということになって命名されている。

 

57: 2013/01/08(火) 22:39:29.40 ID:1tO8LqgK
蝦夷逝きなんて罰ゲームでしか無いわ、反乱起きるで

 

58: 2013/01/08(火) 22:56:05.68 ID:EWzOIM/T
水戸黄門だって、蝦夷まで漫遊してるよ。快風丸という舟でね。

 

62: 2013/01/09(水) 07:24:00.38 ID:GG+zSJOR
光圀本人は蝦夷まで行っていないが、
快風丸云々は本当。

 

61: 2013/01/09(水) 05:02:41.55 ID:4V7PEd4r
ID:EWzOIM/Tみたいな馬○も受け入れる戦国板住人

 

69: 2013/01/16(水) 08:44:20.92 ID:gPlvwtB5
ジャガイモを持ち込めば充分食料生産は可能だし、ジャガイモを持って蝦夷地に進出していたら、1700年代にはアメリカ大陸にまで勢力を広げ、フランス、イギリスと戦争してたかもね

 

71: 2013/01/18(金) 07:42:28.96 ID:G7x6bIEv
ジャガイモって秀吉時代ないだろ
つうか簡単に言ってくれんね、北海道開拓がどんだけ国費と労力使ったと思ってんだ?
秀吉の時代にとってもぶっちゃけ不良債権
ジャガイモが伝来したとしても、米は取れない、まともな洋式農法も確立されてないじゃ
やっぱり維持するだけでも金食う不良債権にしかならねえよ

 

74: 2013/01/18(金) 21:48:50.88 ID:rmIhezpe
秀吉の時代にジャガイモは伝来してたし、蝦夷地を開拓すれば漁業による大幅な収入増加も見込める

 

76: 2013/01/20(日) 13:36:33.06 ID:p9CniC3Q
>>74
戦国~江戸中期にかけては本土に未開の地が多かったし
わざわざ蝦夷地まで開拓する必要性がなかった。
蝦夷地の開拓が構想されるようになるのは
本土をほぼ開拓しつくした江戸後期から。

 

75: 2013/01/19(土) 03:15:42.81 ID:cjH4zZbV
本当に当時の技術で相応のリターンが見込めるなら、本格進出を試みる北奥州諸将がもっと沢山いると思うけど

 

77: 2013/01/20(日) 15:21:48.53 ID:DA4kYSxr
蝦夷地で漁業が盛んだったのは記録にもあり、加工業もそれなりに発達していたけど
それで大多数の人口を養うのは無理。養えるならとっくにアイヌが蝦夷地の主になってる

 

78: 2013/01/21(月) 21:31:02.01 ID:ZTNct1/C
米は無理でも小麦なら十分育ちそうなものだけどな。
本州は降水量が多くて小麦の生産には向かないところが多いから
意外と特産品として栄えたかもしれんのに

 

79: 2013/01/21(月) 21:53:37.60 ID:+iUJ+wZV
アイヌの船と日本人の船じゃ出来が違うし、日本人が蝦夷地で漁に乗り出せば相当な収穫が期待出来たでしょ
それに加えて農産物を栽培すれば、開拓に見合うだけの生産量は見込める

 

81: 2013/01/22(火) 03:19:35.01 ID:Us5WZ9CP

リスクの方がでかいから小規模交易に留まってた

リターンの方がでかいなら、当時として現地の状況を一番把握していた安東蠣崎らが手を出すはず

 

82: 2013/01/22(火) 08:40:11.91 ID:SH3YFuBe
当時の蠣崎氏やアイヌにジャガイモとその栽培法を与えてやれば開拓しまくってたと思うよ

 

87: 2013/01/22(火) 20:09:14.36 ID:jgl/S3aY
>>82
松前藩自体が農業を禁止してたみたいだから無意味。

 

83: 2013/01/22(火) 13:59:32.67 ID:M+/nhcgg
膨大な金と人つぎ込んで開拓しても、出来上がるのは寒冷地で生産性が低い土地だよ
冷害に怯えなきゃならない土地で農業するよりは、普通に内地の温暖な土地に予算投じて拓いた方が良いでしょ、この当時なら
そこまでして蝦夷地を拓かなきゃならない意義が思い浮かばないんだが

 

84: 2013/01/22(火) 17:33:27.09 ID:/+kcOICg

当時の技術じゃ開拓が難しい
身近に未開発な土地がまだある
そもそも投資に見合った利益が出ない

これで結論じゃダメなの?
なんか妙に拘ってる人いるけど

 

88: 2013/01/22(火) 22:42:59.18 ID:PaTYlgBy
だって本州の開発が終わったのが江戸中期ごろっていうんだから
戦国期に未開の蝦夷地にまで手を出す意味がない
自国の農地ですら空いてるのに

 

89: 2013/01/22(火) 23:07:46.02 ID:yxeugdUJ
要するに、当時でも蝦夷地開拓はやろうと思えば可能で、
もし、秀吉が北方に国土を広げよう、北方経由でヨーロッパやアメリカ大陸に進出しよう等と考えた場合、シベリアや北米にまで国土を広げられた可能性は充分あるわけだ

 

92: 2013/01/24(木) 22:10:44.34 ID:jYDkRlDi
>>89
松前藩が他藩並みに麦畑などの開墾をやってたら
樺太・千島交換条約も日本側が優位に立っていたかもな

 

91: 2013/01/23(水) 05:07:27.45 ID:obMJ4H88
莫大な犠牲と無駄を払うならそりゃ可能だわな、ただそういうのは「やろうと思えば可能」とは言わない
秀吉の時代に取れたとしても秀吉はすぐタヒぬし
次の代になれば「うわー、いらん土地とっちゃったよ、ここは放置で」にしかならんと思う
シベリアや北米進出とか、さすがに架空戦記じゃないんだから

 

95: 2013/01/25(金) 06:40:58.11 ID:lIvF+uwH
秀吉の時代に蝦夷地を手に入れる価値はあんまりないとは思うけど、仮に手に入れたとして
例えば拠点拠点を押さえてアイヌやニヴフから貿易の上前はねて経営、とかはダメ?
開拓はそれこそ50年100年単位で細々と進めてくとか

 

96: 2013/01/26(土) 21:21:40.95 ID:fcuo7NWW
>>95
海賊大名だって経営が成り立つんだから
それも可能じゃないかな
でも国家事業でやる類の物では無さそう
改易大名が再起を期してとかなら

 

97: 2013/01/27(日) 21:30:37.89 ID:z8IcJoAA
青森県に拠点を置いてた浪岡北畠氏はアイヌ人との交易で
手に入れた昆布を朝廷に献上して高い官位を得ていたしねえ。
ただ当時の日本はゴールドラッシュだったから
秀吉が蝦夷地に興味を持つのは無理がありそう。

 

98: 2013/01/28(月) 12:09:05.03 ID:4aVrnXJs
蝦夷地は朝鮮北部やオランカイと繋がっている、と当時は考えられていたから
秀吉が北方からも朝鮮を攻撃しようと考えて、通路として蝦夷地を占領したけど――とか
無理がある想定とはわかってるけど、これくらいしか秀吉が朝鮮に兵を送る理由が思いつかん

 

101: 2013/01/30(水) 21:51:28.21 ID:4c/Ysv3g
江戸後期になるけど、渡辺京二の黒船前夜とか読むと北海道と周辺諸国の雰囲気がわかるよ。読みやすいし

 

102: 2013/01/30(水) 21:54:49.58 ID:hBU/sqSm
朝鮮よりは遥かに楽に征服出来るし、武士の雇用対策にもなる

 

104: 2013/01/30(水) 22:35:34.14 ID:trhr63b5
というか江戸中期までは基本的に何処の藩も人手不足だろ。
駆落ちって言葉が頻繁に出てくるのも太平の世になって
人手不足が深刻化してからだし。

 

105: 2013/01/30(水) 23:33:38.48 ID:8dyoKeZg
宇喜多秀家が八丈島ではなくシベリア送りになってた

 

106: 2013/01/31(木) 13:07:29.63 ID:9ZXgBkDS
蝦夷進出していたら・・・・ニホンアシカみたいにラッコが乱獲され絶滅していたろうな

 

107: 2013/03/01(金) 10:26:54.82 ID:JGd0A2PH
農業なら中世アイヌも普通にやれてたから、その時代でも充分可能やぞ。無理くり開拓しなくても出来るとこから開拓してけばある程度は人口養えるとおも
まあ近世初期に火山が連続して噴火したせいでどうせおじゃんになるんだがな

 

108: 2013/03/01(金) 10:33:10.89 ID:DGw9Q4Fl
イワン雷帝は1584年没か
信長軍と雷帝親衛隊がシベリアでぶつかってたら、とか考えるとワクワクしちゃう

 

110: 2013/03/02(土) 13:11:51.24 ID:4TWycCFq
>>108
真冬の八甲田山を損害0で制覇するレベルは必要だろそれ

 

109: 2013/03/02(土) 12:45:41.27 ID:ZWJV7pki
激突する前に日本の貧弱な装備じゃ寒くてタヒぬわ

 

111: 2013/03/02(土) 15:37:50.43 ID:cko9eDc4
北海道の開拓って明治に西洋の農業技術を導入してやっとだからなぁ
戦国期に開拓は厳しそうだな
蝦夷の昆布や干し鮭はメジャーな貿易品だったけど。
武将がヒグマと格闘するエピソードが出来たかも知れんがw

 

112: 2013/03/03(日) 02:39:56.61 ID:I5qZX+gw
加藤清正の虎退治ならぬ熊退治か

 

113: 2013/03/05(火) 02:38:40.15 ID:dB5Ta4+F
鍋島さんを連れてって実際に熊退治してもらうか
「どうじゃわしが本物の熊じゃ」

 

115: 2013/05/15(水) 00:40:43.25 ID:wyJiECdk
>>113
熊は龍造寺じゃね?

 

116: 2013/05/27(月) 00:59:10.34 ID:kYE/TTiL

豊臣政権は基本的には重商主義だからなー
半島に手を出したのも明への「通り道」ってのが大きな理由だろ

北海道に金山か銀山でもあれば北進もあったかなーとは思うけど

 

117: 2013/05/30(木) 13:36:46.83 ID:RubObYuA
他にライバル市場がないからわざわざ占領しに行く必要ないしなぁ

 

123: 2013/09/23(月) 09:00:30.86 ID:eYJpiQH0
蝦夷地を占領維持するつもりなら、少なくとも最初は確実にコメを本土から移入しないといけないだろうから
(史実の松前藩のように)本土で飢饉になったら連鎖的に移入が止まってさらに悲惨なことになりそう

 

127: 2013/10/30(水) 01:35:09.73 ID:dB/o2vbR
>>123
寒冷期の蝦夷で稲育つかな
むしろ俵物と米を物々交換したほうがいいんじゃない?

 

131: 2015/01/19(月) 02:29:43.57 ID:jmoyw4ff
>>127
蝦夷米が軌道にのるなんてたかだか30年くらいだしなぁ
俺たちが生まれたちょっと前の近代技術をもってしても不毛の地だったわけで
当時の人に開発して農業酪農大国にしろと言っても無理だろw
現代ですら町でも農園でも牧羊地でも公園でもなく
道路以外ガードレールも信号もなにもないなんでもない土地がたくさんあるからな

 

124: 2013/09/23(月) 15:53:21.24 ID:Y2ymKovC
後世の為にも「ここは日本」と書いた石碑を、樺太北端と千島列島に立てまくって欲しかった
口実になる既成事実さえあれば、あと数世代で大きく国力の落ちるロシアからの奪還も・・・

 

128: 2013/11/01(金) 08:15:47.56 ID:4Vwz3opD
秀吉がトチ狂ったにしろ江戸期の浪人対策にしろ
そこそこの大人口が自給できるビジョンが浮かばない

 

129: 2013/11/02(土) 01:43:19.35 ID:DioCluUG
現地の住民に「カラバ侯爵の領地です」と言わせれば
後々領有権を主張する名目になる

 

133: 2015/05/25(月) 03:16:19.90 ID:wxuWqx0t
戦国時代は今より10度くらい平均で寒かったらしい
旭川とか住めないだろ

 

136: 2015/06/13(土) 09:46:56.41 ID:Yn6z/AW+
戦国時代に金銀が取れなかったら蝦夷への本格的な進出はあったかもな
江戸幕府が蝦夷産の俵物に力を入れた背景には
金銀の産出が激減し、貿易に支障が出始めたことが原因

 

138: 2015/07/15(水) 11:27:29.49 ID:k3hCMrm1
朝鮮から職人たちを連れてきたり、技術をえたんだから丸損とはいえないだろう

 

139: 2015/11/24(火) 01:38:21.07 ID:e329sRfZ
江戸初期からいわゆる和人地の外にも漁業民や金堀が相当数流入してるぞ、金堀のほうは砂金枯渇したら消えてったけど
シャクシャインの乱の原因の一つが金堀だし、当時蝦夷地の金山は相当あったわけで
金山を狙って出兵とかなら普通にありだろ、採算も十分だし。金山掘りつくした後は知らん

 

147: 2016/05/03(火) 22:21:51.31 ID:7Yyaoyca
三毛別羆事件が起こるな

 

148: 2016/05/03(火) 23:41:19.81 ID:/fRyxqIk
熊と戦争かw
21世紀でもほとんど未開の地なんか取っても利益どころか費用ばっかかかるだろw

 

149: 2016/05/04(水) 12:12:33.81 ID:w8DlSb8E
国防の観点からは有益

 

150: 2016/05/04(水) 19:50:02.27 ID:PkGuWN1t
樺太を北上しカムチャッカまで進出していれば…

 

151: 2016/05/05(木) 09:00:39.62 ID:PBDOw5eY
秀吉でも家康でもいいけど、これやってたら結構エラいことやと思う
時代は下るけど、大日本帝国期の戦争って突き詰めると全部ロシアの南進対策に端を発してるわけで
中国もアメリカも他も全部その延長線上で戦争になったに過ぎないとも言えるというか
だからロシアに対して先手でフタが出来ていたとしたら歴史は大幅に変わっていると思う

 

157: 2016/05/07(土) 16:20:18.51 ID:l+tDabsl
昔は土地より人の取り合いだったし、人がろくに居ない北に進む意味がない

 

160: 2016/10/16(日) 20:36:07.63 ID:T9vTaEbs

アイヌ部族は、銃を大量に所有していたし
東蝦夷地でも銃が確認され、津軽藩の偵察船が攻撃された

> 津軽藩士は松前城下でアイ ヌ民族の武装についての情. 報を収集していますが、
> それには、. 「〇本具足は少しばかり之れ有るべき由。
> 〇自分にて木具. 足仕立て、 着け申し候う。 〇鉄砲三、 四拾挺も之れ有る. べき由。
> 〇弓丶 鍵は大方所持仕り候う由」 とか

ただ、砂金で潤った金での銃ではあろうし
ロシアにとって毛皮は価値高いが、日本で蝦夷地の海産物や毛皮が高価かというと…

アイヌに大陸交易させてその上前を、というより直接大陸進出した方がよほど早い

 

162: 2016/10/17(月) 12:05:07.09 ID:4cC+bWd5
米が獲れないどころか畑作すらまともに出来ない場所をせめたりしない。
明治の入植者たちの苦労を見てみろ

 

163: 2016/10/17(月) 16:13:08.80 ID:3+wXyaBn
そんな所でも攻めまくるロシア人の欲と執念は怖いわ

 

165: 2016/10/17(月) 23:58:22.11 ID:d8N+Zjd0
>>163
ロシアでは毛皮を重宝するから原住民に毛皮集めさせれば元取れる

 

164: 2016/10/17(月) 18:48:34.54 ID:C3XeVK4z
徳川をシベリア切り取り次第とかいって大陸に転封すれば
ウラルあたりまで押さえてたかもな

 

165: 2016/10/17(月) 23:58:22.11 ID:d8N+Zjd0
>>164
北海道の砂金の資源を当時知ってたなら・・・

 

166: 2016/10/20(木) 23:48:47.93 ID:5UM6wp/6
松前≒渡党(中央に同化した蝦夷)が中央に納めた
アイヌ(未同化の蝦夷)の大陸交易品の価値よりは、自分らが大陸に出るのが良い

 

167: 2016/10/20(木) 23:51:28.59 ID:GmO/M1fr
家光以降の平和な時代にゆるゆる北海道占領してたら完璧だった

 

168: 2016/10/21(金) 00:04:44.45 ID:IZmoJTac
畑作はおろか馬産にさえ適さない土地なんだけど・・・

 

169: 2016/10/25(火) 17:11:26.89 ID:KFsiPSQH

材木なら大量にあったぞ。しかも建築に適した針葉樹だ。

日露戦争以後に樺太が日本領になったが、主な資源は木材と石炭だった。農業は不適。
当時の蝦夷なら、平野部にも太い木材が大量にあっただろう。
明治維新後は切り尽くしてしまったが。

 

197: 2016/11/05(土) 19:13:41.45 ID:3pvwUsY8
>>169
北海道の平野は泥炭地が多い、よって大木は育たない。
内陸部で育てるにしても人の手入れが必要だが、そもそも人が済めない

 

199: 2016/11/06(日) 22:53:11.78 ID:WUqlX2q2
>>197
然り。
しかも材木伐りだしても内地まで運ぶ手段がない。

 

172: 2016/10/27(木) 08:18:31.93 ID:gyzf5g4B
台湾はオランダ軍が城を築いていたな。
地球の裏側から遠路はるばるやってきてだ。
日本からなら、太平洋横断して
ニュージーランド占領ぐらいやるべきだった。南半球に日本を作ろう

 

174: 2016/10/27(木) 23:55:09.15 ID:dSC8hIb0
津軽藩士殉難事件ってのもあるくらいだし無理だろ
飢えや寒さと雪に慣れてるはずの津軽藩の士族でさえ
北海道の寒さに耐えきれず次々と命を落としてる有様だぞ

 

178: 2016/10/28(金) 13:25:38.86 ID:VcZyF8OW

>>174 津軽藩士殉難事件を初めて知ったが、かなりのタヒ者数だな。
白瀬の千島探検を連想した。これもビタミン不足などでタヒ者多数。

ロシア人はそんな北の地域を活動していることが驚異的。

 

175: 2016/10/28(金) 00:50:00.04 ID:KA5W5WQc
樺太→ウラジオストク→満州→北京。完璧なルート。朝鮮攻めと並行してやってりゃ神だった

 

178: 2016/10/28(金) 13:25:38.86 ID:VcZyF8OW
>>175 そのルートいいな。船で補給もしやすい。ウラジオストクまで。

 

180: 2016/10/29(土) 20:40:24.86 ID:itzillgZ
>>175
調査船程度ならともかく、軍勢送るとなると宗谷海峡と間宮海峡越えるだけでも多分時間かかるだろうな
名護屋並みとはいわないけど、それなりにデカい拠点北海道のどっかに作って
膨大な資源消費してやっといけるレベルだろう
やる価値が無いとは言わないけど、そのまま明に侵攻しても補給線続かない

 

184: 2016/10/31(月) 00:11:25.51 ID:zrcInD4v
もしロシアが先に北海道にいたら日本結構やばかったよな?

 

185: 2016/10/31(月) 00:23:47.64 ID:QXtHuyzy
当時の北海道の土壌は東欧やロシア以上に農耕には不向き
ロシアがやって来る理由がない

 

186: 2016/10/31(月) 00:56:07.40 ID:au0IVN9X
ロシアがシベリアに進出したのは毛皮目的だぞ、別に農地目的じゃない
コサックの一隊がオホーツクに到達したのがたしか1639年
1650年代にはサハリンまで出張ってヤサク(毛皮税)取ってる

 

189: 2016/11/01(火) 09:43:52.58 ID:ohC+u2L4
戦う前に全滅ですね(´・ω・`)
まずはビタミン不足で大半が病タヒ、そして冬になったら凍タヒで全滅

 

190: 2016/11/03(木) 23:04:39.62 ID:K+uIcl23
稲作はおろか麦作さえできない土地を攻めてどうするのかと

 

193: 2016/11/04(金) 14:20:18.74 ID:NDzXTUNk
明治初期ですら開拓集落が全滅したり壊滅して放棄されたりがザラだったのに
戦国時代に蝦夷の未開地に送られるなんて実質的にタヒ刑だわ

 

195: 2016/11/05(土) 17:32:33.76 ID:uQj1kzm1
今より寒いとか軽くタヒねるな。暖房が発達しないと

 

196: 2016/11/05(土) 17:49:28.84 ID:V5W8ZWrw
日本は家の構造や服装を見ても北方系の文化圏じゃないからな
明治以降、日本軍は対露対策に北方で色々行ったけど防寒対策が不十分で苦しんだし
戦国時代に軍隊行動は完全に不可能と言って良いだろう
少なくとも晩秋から初春にかけては

 

205: 2016/12/14(水) 00:06:09.79 ID:Eypj20zs
どっちかってと占領というより、植民計画だわな
しかも地図がピシッとできてる訳でもない。
石高も分からん、どうやって政治体制作るかも見えない
寒冷の大地、冬は凍る海の土地に入植しろと。
蝦夷地ですら開拓できてない時代、更にに北に行けとか
島流しより過酷でござるな

 

209: 2016/12/19(月) 11:26:26.64 ID:AqcLMgvT
他に手つかずの土地が~っていうけど、利益が上がるとみれば人間なんてどこでもいくべさ
実際金山解禁した後、万単位の金堀が蝦夷地の奥に入ってったわけだし(もちろんその数は眉唾にしても)
農地開発だけしか考えない方が浅はか

 

210: 2016/12/19(月) 17:36:18.71 ID:nF46mCFd
そういえば明末期って意外と文化的に進み出して頃
だって聞いた事あるな、秀吉が半島に行かずに北に
行ってたら明が疲弊せずに発展清も誕生せずで
東アジアが却って大戦乱にとかあったかもね

 

211: 2016/12/20(火) 11:00:51.42 ID:J6hJrJkR
現代の単身赴任じゃあるまいし移住とか開拓が簡単に出来る訳ない
簡単に出来るぐらいだったら安東や蠣崎がとっくにやっているわ

 

212: 2016/12/20(火) 20:45:30.60 ID:lsi5Bapo
実際史実上で移住してる連中がゴロゴロいるのに何が何でもかんでも出来ないって否定してるのがおかしいわ
というかなんで政府主導の明治以後みたいな大規模開発ばかりをイメージしてんの?

 

217: 2016/12/27(火) 13:08:22.83 ID:1OD2WGt7
まずは開拓と言う言葉の意味を知るべきだな

 

218: 2017/01/05(木) 00:02:07.34 ID:URaYYkOJ

南部藩は江戸時代でも大豆や漆、馬といった換金作物を作り
米を輸入してたからその辺は問題ない

蝦夷地なら鱶鰭、煎海鼠、干鮑の高級食材である俵物三品を輸出し
米を輸入することも十分に可能

 

219: 2017/01/09(月) 16:39:18.92 ID:2c4WOjl0
それやってた松前藩が弱小貧乏藩だったような

 

221: 2017/01/29(日) 19:35:41.77 ID:mGghZDot
>>219
米が取れないから石高0で申請してたからじゃないの?
経済的には潤ってたとか

 

220: 2017/01/09(月) 22:48:54.30 ID:L0hksvkB
考えてみりゃ北海道はシャクシャイン時代までミニ戦国だった。西アイヌと東アイヌで戦闘してたし。

 

222: 2017/03/13(月) 16:58:38.86 ID:8DpTkYc3
松前藩は弱小藩だよ
寛成11年(1799)、藩主以下足軽をも含めて武家は170戸の規模しかない

 

223: 2017/03/15(水) 21:47:37.42 ID:aWyDLv2c
小さな政府の方が輸出事業の利も大きかろう

 

227: 2017/03/18(土) 19:10:06.80 ID:rfLUPT2t
遠くて大変だし弱小だから松前藩は参勤交代免除されてたんだっけ
同じく遠くて大変な島津家は弱小ではないから一切免除なしだったのにw

 

228: 2017/03/18(土) 23:10:24.00 ID:09XmZc1a

松前藩が和人の流入制限してたのも、収益独占するためだが
それでも貧乏藩だ
金堀で少しは潤ったが、進出中の帝政ロシア相手などまるで無理

清勢力には交易通じ入り込まれ、アイヌが借金のカタに外人に連れ去られ
清に直接朝貢するアイヌも多く
松前藩の軍備や統治能力の弱さに幕府は危機感を持った

 

230: 2017/06/04(日) 16:55:34.78 ID:AURGaMj+

ハウカセ: 江戸前期の蝦夷地の5大勢力のひとつの首長
<参考文献>
海保嶺夫『近世蝦夷地成立史の研究』,喜多村校尉編『津軽一統志』(『新北海道史』7巻)

> また,ハウカセは近江八幡出身の金太夫という娘婿に軍事顧問的役割をさせており,
> 蝦夷地への武器輸出が不可能になったシャクシャインの戦の時点で
> 40~50挺もの鉄砲を所持していたといわれる点などから,
> 松前藩のほかにも和産物輸入ルートを確保していたとも考えられる。

シャクシャイン一派が民間の和人らを虐○した、武装テロ事件の際、
5大勢力の1である中立のハウカセすら、40~50挺もの鉄砲を所持してたし

単独では弱小の松前藩に対し、他のアイヌ勢力の戦力は充実してたことがわかる
(※松前藩も、渡党、というアイヌ一派が元ではある)

 

233: 2018/01/17(水) 23:42:44.98 ID:hFQop9lg
蝦夷が注目を浴びるのは本州の金銀山が枯渇し日清貿易での赤字を解消するために
蝦夷地の海産物が重要な輸出品としてからだからねえ

 

236: 2018/10/16(火) 19:30:20.44 ID:iKyMf2Mr
モンゴルが樺太に攻めてきたって話しがあるから
人は住んでたんじゃね?
かなり前から

 

237: 2018/10/17(水) 08:40:57.86 ID:UHS9n67D
樺太どころか北シベリア、アリューシャン列島、アラスカにも先住民族はいたぞ。

 

 

引用元: https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/sengoku/1352896137/

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