【研究】古代出雲人骨の核DNA分析、縄文・渡来系の混血集団
一方、たとえば「弥生人」の歯の形態学的分析から、「渡来系集団」の影響と拡散の状況には地域差があると示されていますが、日本列島において弥生時代から現代までどのように混血が進行したのか、不明な点が多く残されています。本論文は、島根県出雲市猪目洞窟遺跡から出土した弥生時代中期~古墳時代の人骨のDNA解析結果を報告します。7個体でミトコンドリアDNA(mtDNA)が分析され、このうちDNAの保存状態がとくに良好な2個体の核DNAが分析されました。これらの研究成果の一部はすでに報道されていました(関連記事)。
●DNA解析
分析された7個体のうち、猪目3-3-1以外の6個体では良好なmtDNA分析結果が得られました。mtDNAハプログループ(mtHg)は、猪目3-3-1が明確に分類できず、Aの可能性が指摘されています。その他の個体はmtHgが明確に決定され、猪目13号と猪目3-2-1と猪目1-1-1がM7a1a1a、猪目3-1-1がD4g1、猪目3-1-2がN9a2a1、猪目3-2-2がD4b1a1aです。核DNA解析は、猪目3-2-1(紀元後6~7世紀)と猪目3-2-2(紀元後8~9世紀)で行なわれました。平均深度は、猪目3-2-1が0.53倍、猪目3-2-2が5.60倍です。X染色体とY染色体にマップしたリード数の比から、猪目3-2-1は女性、猪目3-2-2は男性と判定されました。猪目3-2-2のY染色体ハプログループ(YHg)はO1b2a1a1です。主成分分析でのアジア東部の現代人および古代人との比較では、猪目3-2-1と猪目3-2-2は現代日本人の分布範囲内に収まりました。より詳細に他集団との関係を明らかにするためのf4統計では、猪目3-2-1と猪目3-2-2は現代日本人よりも有意に「縄文人」に近い、と示されました。
●考察
猪目洞窟遺跡の6個体のmtHgは、在地の縄文人系統に由来するM7aと、渡来系に由来するN9a・D4b1・D4g1が見られます。父系遺伝のY染色体でも、渡来系に由来するO1b2a1a1が見られ、mtHgと矛盾しません。YHg-O1b2a1a1を含むYHg-O1b2は、日本列島本土現代人と現代韓国人においてそれぞれ29.3%と31.4%と高頻度で見られる主要なYHgで、他のアジア北東部やアジア南東部の集団でも低頻度で見られます。YHg-O1b2でも祖型とその下位区分の出現頻度は、日本列島本土現代人と現代韓国人で異なり(前者では7.7%と22.0%、後者では33.3%と4.0%)、日本列島本土現代人に特徴的なYHgは猪目洞窟遺跡の個体でも見られました。これは、猪目洞窟遺跡集団が在地の縄文人系と渡来系の混血集団であることと共に、現代日本人へ遺伝的につながる系統であることを直接的に示しています。核DNAデータを用いた主成分分析から、猪目3-2-1と猪目3-2-2の混血度合は日本列島本土現代人(東京)とほぼ同程度と推測されます。しかしf4統計では、猪目3-2-1と猪目3-2-2は日本列島本土現代人(東京)よりも縄文人的だったことから、混血が充分には進んでいなかったことも明らかになりました。
猪目13号は弥生時代中期までさかのぼるので、DNAが分析された猪目洞窟遺跡の6個体の年代幅は1000年近くになります。猪目13号のDNA保存状態も良好なので、核DNA分析に適しており、猪目洞窟遺跡では弥生時代から古墳時代までの遺伝的変遷の解析も今後可能です。年代測定が行なわれていない猪目3-1-1と猪目3-1-2と猪目1-1-1も核DNA分析が可能です。今後、これらの個体の核DNA分析により、猪目洞窟遺跡集団の成立についてより詳細な解明が可能になる、と期待されます。
mtDNA分析では興味深い結果が得られました。猪目13号と猪目3-2-1と猪目1-1-1はmtHg-M7a1a1aに分類され、mtDNA全配列でも完全に同一でした。通常、1ヶ所の遺跡で複数個体から同一のmtDNA配列が確認された場合、母系で血縁関係にあると判断されますが、年代測定では、猪目13号が紀元前4~紀元前2世紀、猪目3-2-1は紀元後6~7世紀と時期が離れています。つまり、猪目洞窟遺跡では母系で遺伝的に類似の集団が長期にわたって埋葬されていた、と考えられます。また遺伝的多様性は低く、6個体のうち3個体が同一のmtHgです。(続きはソース)
2021年07月14日
https://sicambre.at.webry.info/202107/article_14.html
3行にまとめて。
日本人の形態学的研究では、「渡来人」が在地の「縄文系」と集団と混合して成立したという、「二重構造説」が提唱された。
おまえには
東大なんて
無理だ
渡来系と言うても「半島出身」、「大陸出身」、「南方出身」などいろいろあるぞ!
あと「シルクロード経由」もな!
破斯清道みたいに少なからずペルシャ人も日本に来て
そのまま住みついた事例もあるからな
たまに漂流者が流れ着いた記録もあるよね
綿を持ってて伝えたから綿の神様として祀られたのは
ペルシャ人だったか東南アジア人だったか
近世じゃWilliam Adamsこと三浦案針や
Jan Joosten van Lodensteynこと耶揚子が有名ですな
耶揚子は京駅の周辺の八重洲の地名のルーツ
シバレル
メンコイ
↑使うの?
大昔の発音と喋りが都では移り変わりが激しく地方では緩やかな変化をして地方に残るらしい
https://youtu.be/lrBuftKQQQY
北前船の影響じゃないの?
広島とあいち、岐阜のイントネーションが近いのもそれかな?
出雲で いづい も使うなら認めるわ
ズーズー弁の発音は多少似てるが、言葉は全然違うんだよ
縄文人かは分からんが記録では平たい顔なのでアジア人だろうね
ちょっと文明が突出し過ぎてるが
アジアの縄文人はネアンデルタールとホ◯サピエンスと他に何混血されてるんだろうな
ネグロイドやコーカソイドとの混血ってわけじゃないし、それは日本人の顔つき見りゃわかることだし
アボリジニやミクロネシアの方からも流れて来てるんだろ
宮古島のパートゥンと秋田のなまはげの来訪神文化はミクロネシアやインドネシアから来た風習
https://i.imgur.com/KIoW5EY.jpg
民族とは言語、宗教、習俗等の文化遺産を共有する集団だから
遺伝子で民族が分けられるのならボスニア・ヘルツェゴビナの悲劇は起きない
遺伝的人種と文化宗教的な民族の概念の区別がついていない人は多いね
大坂なおみを日本人とは思えないしな。
Midland(岩手県花巻市、東京都、愛知県北名古屋市、兵庫県尼崎市)n=840
Fukuoka(福岡県)n=198
Ehime(愛媛県)n=158
Shimane1(島根県大田市)n=77
Shimane2(島根県出雲市)n=82
Ryukyu(沖縄県)n=184
PCAプロット
https://i.imgur.com/HlqyGCG.png
中国南部—–北京—–韓国—–愛媛—-本土—福岡–大田-出雲———-沖縄
ADMIXTURE解析
https://i.imgur.com/voa7cFW.png
日本人の祖先プロファイルの主要な構成要素は韓国人(C282)と漢民族(C284.C291)のクラスターからのものであり、日本人全体としては、中央アジア、東アジア、東南アジアのすべてからいくつかの遺伝子構成要素があります。
日本人集団の微細な遺伝的構造と進化
竹内文彦(京都大学)、勝谷友宏(大阪大学)、木村亮介(琉球大学)、並河徹(島根大学)、磯村実(島根大学)、大久保孝義(東北大学)、田原康玄(京都大学)、山本健(九州大学)、横田充弘(名古屋大学)、加藤規弘(国立国際医療研究センター)
遺伝系統ネットワーク
https://i.imgur.com/2DELLg5.png
興味深いことに、f4(GBR、x;出雲、近畿)が示唆するように、出雲の個体群は本州の他の個体群よりも沖縄と九州に対して高い遺伝的親和性を持っています。
この不一致は、距離によって通常予想される分離とは異なるいくつかの遺伝子流動イベントの存在を示唆しています。
島根と福岡の縄文度高いな
渤海でも高句麗でもなく
ずっとずっと韓国表記なんだよな
北朝鮮より北から渡来しても韓国
中国以外の東アジアで重要なのは満州なのにね。
朝鮮半島なんて満州の影響下にあった。
キムチもオンドルも韓国起源みたいにいってるけれど実際は満州起源。
扶余(ツングース)が強かったからな。
高句麗百済の支配者はこの系列。
パンピーはいまも昔も漢民族の亜流が大多数だろうけど。
>出雲の個体群は本州の他の個体群よりも沖縄と九州に対して高い遺伝的親和性を持っています。
>この不一致は、距離によって通常予想される分離とは異なるいくつかの遺伝子流動イベントの存在を示唆しています。
これが出雲の国譲りイベントでできた宗教圏の違いによるもの
それがあの位置にあって混血があまり進まなかった理由。
にっぽん、にっぽん
にっぽん、にっぽん
ウルセーんだよ、馬鹿
東京を米軍基地に包囲されてる
植民地のくせに
ソウルもだろ
龍仁www
この数がめちゃくちゃ多い
オオクニヌシを神とする出雲族が戦争になったけど
途中で話し合いになって以下の3つの条件で合意して終戦した。
1. 出雲は国を譲る(主権を譲る)
2. 出雲の神様はそのまま祀ってOK
3. 出雲に高さ50mの日本一デカい神社を建てる
これで出来たのが出雲大社。ただの神話とされてたけど、
近年の調査で超巨大な巨木の遺構が発掘されて本当にあったんじゃないかとされている。
神無月(かんなづき)は全国で神がいなくなる月とされているけど
出雲のみ神在月(かみありづき)とされ全国から各地の神様が出雲大社に集まるとされている
最終的に近畿を都にした天孫族のヤマト王権が日本全土を掌握したけど
出雲だけ信仰する神様とそれを信仰する人々の定住が許可されたので混血があまり進まなかった。
なので遺伝子が本州の他の県より縄文よりって事だなきっと。
像や恐竜の化石も出るわね
少なくとも今日我々がシナ人や朝鮮人を見るほどには、当時の人々は「民族の違い」を意識してなかったんじゃないか?
少なくとも出雲においては、そうやって長い年月をかけて縄文と弥生が混じり合っていったのだと、思う。
竹内まりや、江角マキコ、里見香奈
古代の出雲国は現在の出雲市よりも範囲は広いらしいが
猪目洞窟
あの辺の土地は
いまだに神話や風土記にのってるものが
そのまま随所に残ってるんだよな
異なる民族の「混血」の契機は、
戦→降伏→男虐○→女だけ生かして子供産ませる
ということだからね。
難民の受け入れってのでも混血はある。
百済が滅亡して大量に日本に流れてきて
技術を持った集団が多かったので近畿の大和朝廷が受け入れた。
現代の遺伝子で近畿がもっとも韓国と近縁なのはこのため。
歴史書にもしばしば小集団がやってきて移住を希望してるよね
それに日本から技術を求めて技術者を招くこともあったし
そういう時にはひとりじゃなく技術者集団がやってくる
古代じゃないが元寇の時にも南宋人の捕虜は助命されたり
戦でも敗者でも男が残されることはある
いや別に混血はそういう暴力的な形でだけ行われるものじゃないよ
そもそも移民というのは歴史的にも別に暴力を伴うものだけじゃないんだから
97の言ってるのはそういうケースもあるってだけに過ぎない
Y染色体のケースに限ってはそのとおり。
Y染色体は父から息子にしか受け継がれないので
戦争で負けると確かに残んない。
だから父系のY染色体は侵略があったかどうかが分かる。
D系の遺伝子が多く残る日本とチベットは侵略がされてない証拠。
現代の日本と韓国で近縁と言われてるのは母系のミトコンドリアの遺伝子に
縄文人の遺伝子がどっちも残ってるため。
韓国に父系のY染色体の縄文遺伝子は全然残ってない。
半島は北部の中国、モンゴルや満州に侵略されたので歴史的にもあってる。
上にあげたように戦争以外での混血もあれば
戦争でも負けた側の男が皆○しにされるとは限らないよ
もちろんそうだけど。
この時代、戦争に負けたら男も女も基本は奴隷。
奴隷の男の子孫は繁栄しないでしょ。
だからただでさえ残りにくいY染色体の遺伝子はまず残らない。
捕虜と奴隷もあるだろ。たまには恋も
出雲の幸ノ神も諏訪の御柱も
男根崇拝で縄文後期の信仰やな
港港に女つくるんだよ
日宋交易盛んだった時代は南宋商人が日本人妻持ってたりもしたね
大河ドラマの北条時宗が北大路欣也が演じてた謝国明も妻が日本人ってのは史実
まあ遣唐使なんかは言葉が困らない奴選ぶだろうし
子孫じゃないかな
藤原喜娘とか遣唐使が現地の女性と子供作ってたケースもあるね
喜娘は帰国したるしその後のことはわからないけど結婚してたらその子孫もいるかも
ちゃんと帰化してる
語尾が伸びるような方言は
名古屋とか江戸もなんとなくそうだから
古いしゃべり方はそういう性格なんだろうな
方言周圏論といわれるように
上方から離れるほど古いのが残るみたいな
匈奴って、非文明的な野蛮人みたいなイメージだけどね
実際は製鉄などの大陸文明をもつ集団だったんだよ
漢民族の中華王朝と何代にも渡って戦争してたし
戦争ではなく一方的に漢民族から強奪してきた側だろ
中国人は基本的に匈奴に勝てない
引用元: https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1626620021/
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