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松江市の田和山遺跡で出土した石製品の拡大写真。「子」などに見える文様が縦に二つある=柳田康雄氏提供
松江市の田和山遺跡で出土した弥生時代中期後半(紀元前後)の石製品にある文様について、福岡県の研究者グループが、文字(漢字)の可能性が高いとの研究成果を明らかにした。石製品は国産のすずりと判断しており、国内で書かれた文字ならば従来の確認例を200~300年さかのぼって最古となる。一方で、偶然の着色など慎重な意見があり、文字使用の起源を巡って議論を呼びそうだ。
福岡市埋蔵文化財課の久住猛雄・文化財主事、柳田康雄・国学院大客員教授らのグループ。岐阜県大垣市で1日にあった学会で久住氏が発表した。
田和山遺跡は弥生時代の環濠(かんごう)遺跡。石製品は8センチ程度で、出土時は砥石(といし)とされていた。研究者グループは材質や形状を調べ、現地で採れる石製で、すった痕跡があるくぼみなどから国産のすずりと判断した。
さらに裏の中央部に黒っぽい文様が上下二つあり、岡村秀典・京都大教授(中国考古学)らに画像の分析を依頼。中国・漢の時代の木簡に記された隷書に形が類似しており、上は「子」、下は「戌」「戊」などを墨書きした可能性があるとの結論を得た。
これまで国内の文字確認例は、三雲・井原遺跡(福岡県糸島市)の土器に刻まれた「竟(鏡)」、貝蔵(かいぞう)遺跡(三重県松阪市)の土器に墨書きされた「田」などがあるが、いずれも2~3世紀だった。
九州から近畿にかけて近年、弥生時代のすずりとみられる遺物が相次いで見つかり、古墳時代より数百年早い時代に中国・朝鮮半島との交易を背景に北部九州から文字文化が流入した説が出ていた。久住氏は「国産すずりならば国内で書かれた最古の文字。倭人(わじん)(当時の日本人)ではなく渡来系の人々が書いた可能性もある」としている。
一方、松江市埋蔵文化財調査室は研究者グループの結論を受け、石製品を赤外線で撮影するなどして調査。同室は「赤外線ではっきり写らず、墨書ではなく汚れの可能性もある。今後の研究に期待したい」と慎重な見方をしている。【大森顕浩】
岡村秀典・京都大教授の話 実物を見ていないが、画像で見る限り隷書の2文字に見える。石製品の中央付近に書いており、人名の可能性がある。国産の石製品なら倭人の名前で、物の私有意識が芽生えていたことになり、日本史の大問題となる。
柳田康雄・国学院大客員教授(考古学)の話 これまで見つかった3世紀ごろの文字はいずれも1文字で、記号かもしれない。しかし、2文字なら名前やえとなどの意味を持つ。中国からの文化伝来が予想以上に早いことになる。
武末純一・福岡大教授(考古学)の話 私自身も弥生時代に外交文書や交易で文字が使われた可能性があると考えている。ただ、赤外線撮影の結果などから、今回は文字かどうか決めがたい。判断は慎重であるべきだ。
続きはソースで
https://mainichi.jp/articles/20200201/k00/00m/040/113000c
毎日新聞2020年2月1日 17時53分(最終更新 2月1日 17時53分)
誰がどんな必要があって硯に字を書くんだよ~!?
授業で使うあらゆる文具に名前を書く、あれだよ。
>>2
九州以外から出てきてもそんなもん絶対に認めない by九州説患者
あいつらどっちも同レベルだからw
中国の資料にも書かれていて年代もわかってる。
「国内で書かれた最古の文字(かもしれない)」
ということ
初期の国産銅鏡なんかだと、漢字を理解してないが故に変な絵文字みたいに
なってるわけだが
英語みたいに
引用元: http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/editorialplus/1580548077/
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