【正月】分散参拝で話題の「初詣」「除夜の鐘」伝統行事を振り返ると…意外に歴史は浅かった!?
分散参拝で話題の「初詣」「除夜の鐘」 伝統行事を振り返ると…意外に歴史は浅かった!?
新型コロナ対策として、2021年の初詣を分散する議論が浮上し始めた。混雑を避け、元旦からの正月三が日にこだわらない分散参拝が寺社や行政から呼びかけられている。
伝統行事にも変化が生まれそうだが、日本の伝統のように思っている初詣や大晦日の除夜の鐘は、明治以降の近代に「新しく」作られ定着した習俗であったという。伝統的と思われている習慣の歴史も意外と新しく、昨今のコロナ蔓延のようなきっかけで変わる可能性がある。
初詣の歴史は意外と新しい(写真は川崎大師)
https://www.j-cast.com/assets_c/2020/11/news_20201116185311-thumb-autox380-189435.jpg
「新年初めて詣でる日」はバラバラだった
大晦日には除夜の鐘を聞き、元旦には未明から寺社へ初詣――これが現代日本の年越しの風物詩だ。しかし、これは明治以降に定着したものだと複数の研究者が指摘している。神奈川大学の平山昇准教授は、自著「初詣の社会史」(東京大学出版会)、「鉄道が変えた社寺参詣」(交通新聞社新書)でこの歴史を詳述している。これらの文献に加え、J-CASTニュースが行った平山さんへの取材とともに紐解こう。
平山さんの研究によればまず、江戸時代までの年越しは現代とまるで違った。全国どこでも元日に参拝するのではなく、信仰する寺社のその年初の縁日、いわゆる初縁日に参拝する習慣があった。旧暦では日ごとにも干支が当てられ、祭神によって縁のある干支も異なる。新年初の卯の日に詣でるなら初卯詣、寅の日なら初寅詣、辰の日なら初辰詣というように、祭神にゆかりのある日に詣でればご利益があるとされた。
もう一つ、明治中期までは恵方参りという習慣もあった。
※略
戦前は鉄道で、戦後は車で
本来恵方参りの習慣にならうなら毎年参拝先は異なるはずだが、それでは困る鉄道会社は恵方に関係なく沿線の寺社に乗客を呼び込もうとした。例えば京阪電鉄では1914年の正月、大阪からみてこの年の恵方に当たる男山八幡宮(石清水八幡宮)への参拝を呼び込む広告を出したが、翌1915年には「恵方以上ニ神威大ナル男山八幡宮厄除大祭」という広告を打っていた。恵方であろうとなかろうと参拝の足に乗ってくれればいい、というのが本音のようで、鉄道各社の宣伝合戦のうちに、どこが恵方かは関係なく電車で初詣に行けばいい、という風潮になった。
こうして江戸時代の習俗が徐々に失われ、元旦に参拝する初詣の習慣が定着していくが、平山さんは関東大震災と明治神宮も決定打になったと論じる。関東大震災で下町が壊滅し、東京西部の開発が進むと古い寺社の廃絶・移転も進んだ。明治神宮は1920年の創建だが、国民に敬愛された明治天皇の威光は健在で、原宿駅のすぐ近くというアクセスのよさもあり、当時から多くの参拝客を集めていたそうだ。現代の初詣参拝客上位の常連である明治神宮・川崎大師・成田山は戦前で既に初詣の定番となり、人々が集まる構図が完成されていたのである。
初詣は特に元日でなければならない、との古来からのいわれはなく、近代に鉄道と寺社の都合によい、俗な理由で定着していったといえる。
※略
除夜の鐘はラジオから
「初詣を作ったのが鉄道なら、除夜の鐘はラジオが作りました」とも平山さんは論じる。除夜の鐘も明治時代には定着しておらず、忘れられた習慣であった。そもそも江戸~明治期には現代のサラリーマンなどおらず、都市の住民は自営の商売人として生計を立てていた。彼らにとって大晦日は1年の商売の支払いに追われる日で、家でくつろいで鐘を聞く余裕などなかった。
それが1925年にラジオ放送が始まると、全国に放送できて年越しを実感させるイベントとして、除夜の鐘に目がつけられた。1927年の大晦日にはスタジオに鐘を持ち込んで108回鳴らして放送され、さらに1930年代には各地からの中継で放送されるようになったと平山さんは話した。1930年代後半には朝鮮や上海からも中継がなされ、日本国民が年越しの風物詩として共有していく。戦後も「ゆく年くる年」がラジオ・テレビで放送されたことで「除夜の鐘を聞き、未明から初詣に向かう」習慣が当たり前になった。除夜の鐘もまた、電波に乗せて全国に放送できる近代メディアなくしては年末の風物詩にはなり得なかったし、年越しイベントに定着した。
※以下略、全文はソースからご覧ください。
https://www.j-cast.com/2020/11/23398987.html?p=all
2020年11月23日10時30分 J-CASTニュース
と言われても 12月29日に初詣ってのも なんだね
行ってないならソコが初詣でしょ。
日本語には文字に意味があるんだぞ
信心が無いというだけだ。
ちょっと何言ってるかわからない
いやわかるだろw
年末まで氏神さまにいってないなら年末に参拝しても初詣だ
全然違う意味も全然違う
詣でには初詣で 春詣で 夏詣で 秋詣で 冬詣で 年越し詣でって時期によって言い方が変わる
年末に初めて行った所で初詣とはならん
粗末に扱われて氏神様もかわいそうに
全部明治クーデター野郎共の捏造
>>1
>スタジオに鐘を持ち込んで108回鳴らして放送され
wwwwwwwwwwwwwwwwww
江戸時代にはあったよ
平安時代の記録読んでないのかな。
初詣やってるよ。
最近の研究者は江戸以降しか調べないから。
コロナでわかったやろ。
アマエビ推しも気持ち悪かった。
>>7
「御利益」って、神仏に説明しても恥ずかしくない行為をして初めてもらえるんだよ。
戦前の神風特攻隊みたいにさ。
何もせず神頼みだけしてるような奴に御利益くれるほど神様も甘くはない。
お前何か変な宗教でもやってんのか?www
世の中に神様なんぞいねぇし
良いことしたら良いことが
起きることもない
世の中弱肉強食
強ければ生き弱ければタヒぬ
自然界の摂理と人間も何も変わらんよ
俺は悪いことばっかりしてるから御利益なんてカケラもないわ
バレンタインデーやハロウィンと何も変わらん
旧暦で言えばまだ前の年なんだし
中国とかみたいに両方祝えばいいのにね
寺の娘さんが除夜の鐘をいかに伝統的かと語ってたぞ
というか、私たちが守る伝統を理解しない庶民って嫌ね~って論調だったが
梵鐘は時報なんですがそれは
毎日夜中につくの?
逆だ
寺の鐘は公的な時報だったし夜中にガンガン鳴らされたらたまったもんじゃねえ
昭和になってからNHKが生放送のイベントで勝手に始めただけ
鐘の音だらけやで 明け六 暮れ六を合図になんて
今日スーパー行ったら正月飾りが陳列されてたわ。
クリスマスは中止なの?
その後かなり転落の人生w
以外に浅かったってw
この記事は交通の歴史を無視してるな
明治にやっと電気がともって、それまでは暗闇だからな
あと蒸気機関車やクルマの登場はもっと後だし
大量の人の移動なんてできるわけないw
あるような気もするが。司馬遼太郎さんが15年続ければ
伝統になると言っていたが、俺もそのぐらい続ければ習慣に
なると思う。
規模の小さな伝統としてはあり
学校の行事とか部活の応援とか、商店街の祭りとか
でも日本の昔からの伝統、風習と言われるとちょっと弱いな
土用丑の日もそうやで
も真っ暗だし
日付は夜明けかせいぜい日の入りってのが実感だろうと思ってた
ジジババに言い含めてほしい
二礼二拍手一礼のように、神職やガチ氏子だけでやっていた風習を一般人に広めたということもある訳で
緊急事態だし、神道の総元締めの天皇がファトワーを宣言すればみんな従うよ
ほんとこの国の宗教屋は胡散臭いわ
もう守銭奴極まれりだわ。
元日以外に初詣する人なんか今でもいっぱいいるし
朝鮮の新聞記事のような間の抜けた記事だな
いかにも、権威と価値があるように見せかけるのに必タヒになる。
歴史がない国の奴の良く言うテンプレみたいな発言
>>50 古いのがエライという一辺倒な考え方は、誰が見ても滑稽だよw
古くてもよいものもわるいものも、どうでもいいものもある… 新しいものも同じ。
宗教なんぞ詐欺と同じだから、伝統やら歴史やらでマウントする見苦しさと傲慢さに恥を感じないとねw
なんでそれが長く続けられてるかが解らない発言
長く続けるのは簡単な事じゃ無いよ
偉いんじゃなくて続けて来た苦労やらそれらも含めて考えられないのは歴史の無い国の人
今みたいなコロナみたいなの何回越えてきてると思ってんの
長く続けられるのではなく、それ以外できないからだ。
「誰やねん、お前」ってなるだろ。
そんな奴を相手にするほど、神様も暇じゃねーよ。
今は西暦に合わせてんだから
1月1日だろ。
嫌なら好きにすりゃいい。
近代化して形式が変わったからといって伝統でないとかじゃないからな
寺社にいかずともよい
あくまでこのテの話はビジネスの問題だろ
引用元: https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1606119958/
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