1: 2019/12/30(月) 14:59:48.00 ID:3xQaSWNp0
最初の戦国大名
裸一貫から成り上がり(という伝説)
戦に強く領民にも優しい
これだけ条件がそろっててなぜ大河ドラマにならなかったのか
井伊直虎より80倍くらい資格あるだろ
2: 2019/12/30(月) 15:00:13.57 ID:ZD/1zU8P0
知名度が戦国好きにしか
3: 2019/12/30(月) 15:00:18.04 ID:B53Q3hX0p
時代的に三英傑と絡まないから地味
4: 2019/12/30(月) 15:01:04.58 ID:e+dL+K9l0
ほとんどの中身がファンタジーだから
7: 2019/12/30(月) 15:02:42.39 ID:3xQaSWNp0
>>4
それだけファンタジーがうまれるってことは
むかしは創作の人気あったんじゃないの?
5: 2019/12/30(月) 15:01:16.75 ID:CbIjzK310
信長と絡まないから
30: 2019/12/30(月) 15:11:34.77 ID:Pt/BFZSsa
>>5
これかね
6: 2019/12/30(月) 15:01:43.29 ID:JZEJrxXd0
早雲より幻庵辺りを主役にしてその視点から関東やってほしい
8: 2019/12/30(月) 15:03:50.85 ID:3xQaSWNp0
司馬遼太郎の「箱根の坂」という絶好の原作もあるのに
12: 2019/12/30(月) 15:04:41.56 ID:B53Q3hX0p
>>8
だからじゃね?司馬原作は当たらないジンクスがあるし
9: 2019/12/30(月) 15:03:54.83 ID:ptil4mAz0
空白期間あるからファンタジーにしようにも作家性が出ちゃうから難しいんやろね
11: 2019/12/30(月) 15:04:27.72 ID:i42av7cka
アマゴ経久の方が面白い
13: 2019/12/30(月) 15:05:27.65 ID:B53Q3hX0p
>>11
つい最近八つ墓村やったぞ
14: 2019/12/30(月) 15:05:34.46 ID:NmARD55T0
なぜ島津義弘は(ry
15: 2019/12/30(月) 15:05:37.70 ID:zdWcfRoSd
そんな地方のことやるより細川から三好やる方がおもしろいし
16: 2019/12/30(月) 15:06:12.71 ID:NmARD55T0
九州三国志とかマジで面白そうなのにな
20: 2019/12/30(月) 15:07:51.86 ID:4npaTceza
>>16
勝者がいないのもいいよな
17: 2019/12/30(月) 15:06:32.44 ID:DCbx9GPe0
活躍し始めた年齢がね…
18: 2019/12/30(月) 15:06:58.88 ID:4npaTceza
センゴクの早雲編は桶狭間戦記に繋がってて面白かったわ
19: 2019/12/30(月) 15:07:04.11 ID:g2Ef5dL90
ゆうきまさみのコミック完結待ちで
21: 2019/12/30(月) 15:08:55.36 ID:KuPzyx2L0
素性がよくわからんから
22: 2019/12/30(月) 15:09:14.32 ID:TGGhcgX6M
近代研究では伊勢新九郎長氏説は否定的なんやろ?
23: 2019/12/30(月) 15:09:59.45 ID:KuPzyx2L0
九州勢は朝鮮の役と絡むからやり辛いな
29: 2019/12/30(月) 15:11:34.49 ID:C6Hr7+Gw0
>>23
耄碌した秀吉だけ悪者にすれば全部丸く収まる
鼻塚耳塚?陶工拉致?なにそれ?知らない
44: 2019/12/30(月) 15:13:45.34 ID:4npaTceza
>>23
碧蹄館とかクソ面白そうなんやけどなあ
24: 2019/12/30(月) 15:09:59.77 ID:Z6zAApKc0
おもんな城主よりはファンタジーやないやろ
25: 2019/12/30(月) 15:10:17.08 ID:TGGhcgX6M
津軽為信やろ
26: 2019/12/30(月) 15:10:37.57 ID:hiynH+l20
鎌倉執権と血の繋がりが全く無いのに氏も家紋もパクっちゃって大丈夫なん?
32: 2019/12/30(月) 15:11:52.07 ID:TGGhcgX6M
>>26
豊臣でっち上げた猿もおるし????
42: 2019/12/30(月) 15:13:32.81 ID:NAgzJs/h0
>>26
ゼルダとかどうなるんや
27: 2019/12/30(月) 15:10:44.74 ID:xxu8nVQ1a
大河ドラマ「センゴク」マダー?
28: 2019/12/30(月) 15:11:01.07 ID:4Oii6SpA0
徳川に対立したからや
31: 2019/12/30(月) 15:11:35.25 ID:KuPzyx2L0
上杉ってやったことあったっけ?
33: 2019/12/30(月) 15:11:54.90 ID:C6Hr7+Gw0
>>31
天と地とがある
34: 2019/12/30(月) 15:12:17.61 ID:TGGhcgX6M
>>31
関東管領上杉憲政ならないで
37: 2019/12/30(月) 15:12:36.41 ID:xxu8nVQ1a
>>31
GACKTさん
上杉家なら大河ドラマ「上杉鷹山」を見たい
35: 2019/12/30(月) 15:12:27.50 ID:QQ/yWGLf0
存命中に信長が生まれてすらこないから
36: 2019/12/30(月) 15:12:35.02 ID:GDQJVhOb0
佐竹義重か立花宗茂見たいわ
38: 2019/12/30(月) 15:12:37.06 ID:NAgzJs/h0
東京の人間って自分の土地の歴史に興味ないやろ
いだてん然り
39: 2019/12/30(月) 15:12:47.58 ID:TGGhcgX6M
天と地とはdvdが
40: 2019/12/30(月) 15:13:14.52 ID:e+dL+K9l0
司馬遼太郎作品売上
1. 『竜馬がゆく』 2125万部 ←大河低視聴率
2. 『坂の上の雲』 1475万部 ←大河枠低視聴率
3. 『翔ぶが如く』 1070万部 ←大河低視聴率
4. 『街道をゆく』 1051万部
5. 『国盗り物語』 674万部 ←大河低視聴率
6. 『項羽と劉邦?』 669万部
7. 『関ヶ原』 520万部
8. 『菜の花の沖』 475万部
9. 『花神』 453万部 ←大河低視聴率
10. 『世に棲む日日』 445万部
11. 『功名が辻』 395万部
12. 『播磨灘物語』 392万部
13. 『この国のかたち』365万部
14. 『峠』 322万部
15. 『城塞』 307万部
16. 『新史太閤記』 262万部
17. 『義経』 240万部
18. 『箱根の坂』 238万部 ←北条早雲
19. 『胡蝶の夢』 231万部
20. 『最後の将軍』 220万部 ←大河低視聴率
司馬遼太郎という低視聴率製造機
51: 2019/12/30(月) 15:17:28.13 ID:DCbx9GPe0
>>40
坂の上のってダメだったんか?
53: 2019/12/30(月) 15:19:39.32 ID:C6Hr7+Gw0
>>51
三年がかりでちまちま、放送時に前年分をまとめて再放送
結果視聴者に嫌われて最後は低視聴率
54: 2019/12/30(月) 15:19:41.73 ID:e+dL+K9l0
>>51
清盛以前の恵まれた枠の時代に
一桁記録してしまった低視聴率の強者やぞ
55: 2019/12/30(月) 15:20:43.25 ID:C6Hr7+Gw0
>>40
司馬の人間の汚さや愚かさを面白おかしく描く書き方は地上波だと綺麗事に改竄されちゃうからなあ
60: 2019/12/30(月) 15:22:06.27 ID:q8fupjhl0
>>40
功名が辻はどういう扱いなんや
69: 2019/12/30(月) 15:27:12.03 ID:e+dL+K9l0
>>60
20世紀では当たり作品やな
篤姫、利まつ、天地人に次ぐ高視聴率四天王
なんでも千代(仲間由紀恵)の手柄にした手法が良かったんやろな
41: 2019/12/30(月) 15:13:27.67 ID:3xQaSWNp0
前半生で応仁の乱
後半生で関東で成り上がっていく様を描けるお得仕様やで
43: 2019/12/30(月) 15:13:42.66 ID:JYgdrI8l0
名門伊勢氏の一門で幕府奉公衆で今川氏親の舅ってこと考えるとそこまで大したことないよな
45: 2019/12/30(月) 15:14:27.36 ID:bxh2oFRt0
ゆうきまさみのやつ
じっくり書きすぎてまだ応仁の乱だけどちょっと大河向きな気がする
47: 2019/12/30(月) 15:15:42.31 ID:W3oUgA1Id
本人も味方も敵も地味
48: 2019/12/30(月) 15:16:20.54 ID:TGGhcgX6M
ゆうきまさみってパトレイバーの作者か
49: 2019/12/30(月) 15:16:28.98 ID:JYgdrI8l0
舅じゃなく氏親の叔父やな
50: 2019/12/30(月) 15:16:47.35 ID:TGGhcgX6M
今川義元とかどやろ
52: 2019/12/30(月) 15:19:27.94 ID:qC6E7W6/a
地味だから北条とか島津とか歴オタの声がデカイだけで全然人気ない
56: 2019/12/30(月) 15:20:59.52 ID:d/AZsxkxp
司馬作品は映像化は向かんわ
余談が楽しめないし
梟の城とか映画化しても話題にもならんかった
57: 2019/12/30(月) 15:21:11.63 ID:NmARD55T0
北条とか戦国時代を通じて小田原城に引きこもってただけやからな
61: 2019/12/30(月) 15:22:21.94 ID:357ufCds0
敵が地味
62: 2019/12/30(月) 15:23:08.24 ID:dmrKyXYJ0
燃えよ剣は売れてなかったんやな
63: 2019/12/30(月) 15:23:23.30 ID:qC6E7W6/a
川越夜戦なんか誰も知らんしな
64: 2019/12/30(月) 15:23:46.91 ID:4npaTceza
緒形拳の尼子カッコよかったわ
65: 2019/12/30(月) 15:23:59.84 ID:hiynH+l20
今川氏真主人公にして実際は三英傑の隆盛からタヒぬまでを追うスタイルにすりゃええやん
66: 2019/12/30(月) 15:24:13.03 ID:TpBpKEb3a
公方とか上杉家が多すぎて訳わからんし
67: 2019/12/30(月) 15:24:46.23 ID:Y6kiqKAW0
なんで素浪人設定にされたの?幕府の名族やろこいつ
引用元: https://swallow.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1577685588/
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伊勢家は前北条氏と尾張の横井氏を通じて繋がっている。横井北条系図によると、早雲(幼名「宮千代丸」、元服して新九郎盛時)の父、伊勢新左衛門行長は北條(横井)時盛の子、行長である。その子伊勢盛時(備中に入り親の行長を名乗る。一四三二生まれ)は猶子で、実は伊勢備中守の子で、その子が伊勢新九郎長氏であると、「平姓北條系図」にある。私の考えでは、新九郎の父行長は前北條(横井)の生まれで後に伊勢国朝明郡小向の伊勢家の養子となり、長じて幕府政所伊勢貞親の要請で再び備中伊勢家の養子となった。その子が後の伊勢宗瑞であると思われる。従って辛うじて後北条家は、鎌倉執権北条家と繋がっているのである。そのため、尾張横井家(一心寺)も、備中伊勢家(法泉寺)も同じ二等辺「ミツウロコ」紋を使用している。このことから、高超山城に養子となった行長から寺紋をミツウロコに変えたことが判る。従って新九郎も幼いころから北條姓を意識し、ミツウロコを旗印としていたのである。一風。
今までの定説では、新九郎の親(伊勢盛定=新左衛門)は「1453年(享徳二年)に備中園井荏原へ入部す」と、あり、その二年後に次男の新九郎が生まれた。(64歳没説による)しかし、過去の定説では「長禄1年(1457)新九郎上京(25歳・実際は1歳)」とあり、ここですでに定説は崩れる。京で足利義視に仕えたのが寛正6年(1465)9歳で、その2年後「応仁の乱」が始まるのである。その時新九郎は元服前の「宮千代」の名で呼ばれ、義視に付き添い伊勢に避難したのである。そのため官位はなく伊勢で名前が出ない。彼は3・4年伊勢で漢学と薬学と武術を修行した。その後、6名の家来を集い外宮に参拝して「この中の誰彼が出世してもその補佐をする」との盟約を結んだ。その後、父親の親元である朝明郡小向に立ち寄り、関実忠氏の末孫、山中盛元を家来とし、義母の親元である尾張の赤目城に向かったと思われる。20歳前後の彼はこの地で名もなき女と初の結婚をしたのであろう。そのころ、今川義忠に嫁いでいた姉の北川殿から主人である殿の義忠横死の緊急連絡が来た。彼は豊橋あたりで 多米(目)権兵衛を集い、急ぎ駿河国に向かったのである。その後太田道灌との交渉など、歴史上にようやく彼は姿を現すことになる。一風。
結局、早雲公がNHKでドラマ化されないわけの大きな理由として、彼の少年時代と行動と幼名が不明であったことに尽きると考えます。つまり、過去に田中儀成博士の伊勢の関氏出身説が一時風靡したが、後に小和田哲夫氏や立木望隆氏によってもろくも崩れ去った。しかしその後、早雲(伊勢宗瑞)が備中で生まれ、25歳から33歳頃まで岡山県井原で過ごし、泉山城の縄張りを行い、絵師も雇っていて親の盛定(新左衛門行長)と自分の像を描かせた、などの話が地元に残り、これをもとに大きく世間を騒がせた。しかし、この説話は近年の没・64歳から考えると辻褄が合わなくなることは子供でも分かる。つまり、この世に未だ生まれていない人間の行動であり、創作の可能性が高い。もし何らかの話があるとすれば、盛定の前夫、あるいは義兄たちのことと思われる。法泉寺初代の古閑仁泉和尚から、わずか2歳の早雲が学べるはずがない。小田原北条家没落後、不在地主であった伊勢家は他の地方に転勤していなくなった。その後、在地の平井家などは早雲88歳没を信じ、「大和物語」などを参考に系図の改ざんを行ったものと考える。盛定は1453年頃備前守に出世し京に勤めている。そして、伊勢貞国の娘と再婚し、翌々年の1456年に新九郎(幼名を宮千代丸)が生まれるのである。従って、今出川殿(義視公)に仕えたのがわずか9歳であり、その3年後「応仁の乱」が始まり京を逃れ伊勢に下るのである。「応仁記」や義視の「都落記」を素直に読めば、今川義忠公に嫁いだ北川殿は早雲の間違いなく姉であり、伊勢國小倭で義視公の「脇」を詠む宮千代丸という名童が後の早雲公であることがよく解るのである。今後のドラマでは、この「宮千代丸、予の脇を詠め。」の名場面をぜひ描いてほしいと強く望むものであります。一風。