小寺家に仕える。戦場にでたら無敗の最強軍師。地方1豪族だった小寺。黒田官兵衛ゲットしてから周りの豪族を全部倒して大名になる。
小寺「クッソ有能すぎワロタw姪っ子やるから小寺になっていいぞw」
赤松「小寺調子にのってるからぶっ潰すわ。3000の兵士で囲むわ」
小寺「やべえよ、兵士300しかいねえよ」
黒田「やってくるわ」
300の兵士で赤松破る
池田「3000で囲むわ」
小寺「やべえよ、兵士300しかいねえよ」
黒田「やってくるわ」
300の兵士で池田破る
別所「3000で囲むわ」
小寺「やべえよ、兵士300しかいねえよ」
黒田「やってくるわ」
300の兵士で別所破る
小寺「感動したから若いけど家老にする」
浦上「ムカつくから3000の兵士で攻める」
毛利「5000の兵士でぶっ潰すわ」
小寺「やべえよ、兵士500しかいねえよ」
黒田「やってくるわ」
500の兵士で浦上、毛利を追い返す
黒田「信長強すぎだから部下になれ」
小寺「えっ……解った」
荒木「信長裏切るぞ!」
小寺「おお!」
黒田「えっ」
荒木「反対する黒田は監禁じゃあ!」
手足動かなくなる
信長「武田強すぎワロタ」
黒田「ねぇ、武田倒したら織田の家臣にしてくれる?」
信長「ならやってみ?」
大河ドマラ…すっげー量の精子出そうだな
官兵衛が異常な強さなのにヤマカンと同じくらいで見られてるのおかしくない?
関ヶ原間に戻ってれば関ヶ原ひっくり返したし、もう少し耐えてたら黒田が天下取れてたかもしれないんだよ?
うーん、そこら辺は家康はモチロン三成も判ってた感じあるけどなぁ。
大河の黒田官兵衛で岡田が関ヶ原の時にダルそうに演技してたのが良かったわ。
既に体調は万全では無かった的な演出。
黒田「殿の時代きたじゃん😁」
秀吉「こいつやばいわ😨」
カンベーは結構友情に熱い奴なのに
多少は気が咎めたんだろ
これ長政が家康やってたら天下人だよ
その頃には秀忠が継ぐの決まってたっぽいし
長政もその場で首取られてたろ
家康しか見えてなかった故に優秀過ぎた人なんだよ
ソレやって長政は生きて帰れるの?
跡取りタヒんで天下取ってどーすんの?
秀忠率いる徳川本体とはどーやって戦うの?
>>33
言いたいことは分かるがこの話は
家康さえいなければ徳川はバラバラになる
って事だろうと思われる
実際それぐらい秀忠には才能も人望も何も無かった
黒田が陳平ってイメージ
>>29
10月だけで4つ城を落としたぞ?
そりゃ>>28の九州征伐の話で関ヶ原時とは話が違うごっちゃにすんな
黒田官兵衛は無敗だよ
和睦で仲間に引き入れないと被害がでかいと天下人達に評価された男
官兵衛はやや策に溺れ、自らの手柄を頼むトコロがあった。
『半兵衛・官兵衛』コンビにはこんなエピソードがある。
ある時官兵衛は秀吉から貰った感状(手柄に対するお礼の手紙)を見せた。
すると竹中半兵衛はコレを傍らの火鉢で燃やしてしまった。
官兵衛は驚き慌て怒ったが、半兵衛は「こんな手紙を頼りにしては反ってアナタの身の不幸になります」と警告した。
官兵衛は半兵衛の知恵の深さに畏れ入り、深く感謝したと言う。
他にも、黒田官兵衛が信長に謀反した荒木村重を説得しに行ってそのまま荒木村重に捕らえられてしまった事があった。
信長はコレを「官兵衛は荒木村重と仲が良かったから官兵衛も荒木村重に与したに違いない」と勘違いし、秀吉の元に人質としていた官兵衛の息子(後の黒田長政)を○すように命じた。
秀吉は官兵衛が裏切ったとは思えず、然りとて信長には逆らえない。困っていると竹中半兵衛が
「長政は○さずに私の屋敷で預かり、偽の首を信長様に届ければ良いでしょう」
と策を授けた。
秀吉はその通りにし、黒田家には「官兵衛裏切ったから息子○したわ、ゴメンね。息子の代わりにコレあげるから許してね」
と金箔地に黒々ときた太い松が描かれた扇子を送った。
官兵衛の妻は悲しみ嘆いたが、官兵衛の父は扇子を見て
「え?息子の首切ってこんな縁起の良い扇子を『息子の代わりに』って贈ってくるのっておかしくね?」
と秀吉と竹中半兵衛の計略を見抜いて安心したと言う。
関ヶ原の後家督を長政に譲り、城を出て新たに造った隠居屋敷に移り住んだ黒田如水(官兵衛)
だが暫くすると新当主となった息子長政は隠居屋敷での父・如水の様子がおかしいと言う噂を家臣達から度々耳にするようになる。
曰く「気性が荒くなり、チョットした事でも激しく叱責するようになった」
さらに「大昔の古いミスや言動を掘り起こし、ネチネチと叱責される」との事。
あまりの人格の変わり様に長政も捨て置けなくなり父の隠居屋敷を訪ねると、意外にも如水は上機嫌で息子・長政を出迎えた。
長政が恐る恐る家臣達からの苦情を伝えると如水は「したり」とした顔で
「実はワザとやっている。どーも当家の家臣達はワシを頼りオマエ(長政)を軽んじる傾向が強い。このままワシがタヒねばオマエの能力を不安視し、ワシ亡き当家の統治が危うくなる。ソコでワザと家臣達に嫌われる様に仕向け、家臣達の尊敬がオマエ1人に向かうようにとしているワケだ」
更に「ワシも後2~3年の命だろう。今後ワオマエがシに会いに来るのも今回のように2~3ヶ月に1度ぐらいがちょうど良いだろう」と言った。
そしてそれから半年ほどで黒田如水はタヒんだ。
困った事に如水のタヒ後に長政はこの「黒田官兵衛最後の計略」をアッサリ家臣にバラしてしまったので、家臣達は皆如水の知恵に感服したと言う。

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