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【ニャーン】日本における猫の歴史をみんなで話そう!

2020年4月27日

1: 2009/03/06(金) 18:50:46 BE:253442423-PLT(12000)

猫は歴史に様々な影響を与えている

骨が占いに使われたり
甲骨文字に使われたり
三味線に使われたり
逆に干支に使われないことでネタになったりしている

もし猫がいなかったら…

文字の発達が遅れていたかもしれないし
音楽業界は才能の無い人ばかりだったかもしれないし
名古屋の人はみゃ~みゃ~言わなかったかもしれない

そういうことを荘大なスケールで語るスレです

3: 2009/03/06(金) 19:34:38
ねこは、人間が二足歩行を始める前から人間の友人でした。

 

6: 2009/03/06(金) 20:42:10
ねこは我々の想像以上にのび~るけどな。

 

7: 2009/03/06(金) 20:58:32
鍋島?

 

10: 2009/03/06(金) 22:26:44

>>7

佐賀・2代藩主の鍋島勝茂が、家臣の龍造寺又一郎を騙まし討ちにしたところ、
又一郎の首をその飼い猫が持ち帰り、飼い主の血をなめて、妖怪となり、
側室・お豊に化けて鍋島家に入り込み、復讐を企て・・・・・(以下略)

http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2008/09/post_48af.html

 

8: 2009/03/06(金) 22:09:21
いやなめ猫だろう

 

11: 2009/03/06(金) 23:05:33
生類憐みの令で猫がどのような扱いを受けたかに興味があります

 

28: 2009/03/08(日) 04:52:21

>>11
■生類憐みの令廃止は綱吉タヒ後の10日目

延宝8(1680)年7月27日、徳川綱吉が将軍の宣下を受けました。

貞享2(1685)年7月、「犬猫をつないではならない」というお触れが、生類憐みの令の最初とされています。

元禄13(1701)年12月6日、徳川光圀(水戸黄門)が亡くなりました。
生類憐みの令に嫌悪感を抱いた水戸黄門さんは、将軍綱吉に犬の毛皮を長持に一杯送りつけ、悪法を改めさせたと言うエピソードがあります。

宝永6(1709)年1月10日、将軍徳川綱吉が亡くなりました。
この時、綱吉は、側用人の柳沢吉保を枕元に呼んで「生類をいたわるよう」にと厳命しました。
次の将軍となる徳川家宣と老臣などを呼んで、「生類をあわれむ事、たとえ誤ったことであっても、これのみは100年の後も、余が将軍であった時のように維持することこそ、孝であると考えよ」と述べました。
まさに、遺言として、100年先までの、残して置くようにと命令したというのです。

宝永6(1709)年1月20日、徳川家宣は、生類憐みの令を廃止しました。
宝永6(1709)年5月1日、徳川家宣が将軍の宣下を受けました。

http://www.eonet.ne.jp/~chushingura/gisinews02/news034.htm

 

15: 2009/03/07(土) 09:48:11
もし猫がいなければ彦根藩主は雷に打たれてタヒんでたから
その後の幕末の日本の開国も無かった

 

16: 2009/03/07(土) 10:38:08

文学者で猫といえば夏目漱石だが、驚くべきことに漱石は猫派でなく犬派であった。
飼い犬を盲目的に庇い、他人に噛み付いても意に介さず、しまいには自分まで手を
噛まれた。小説のモデルの猫はかってに居ついただけだとは本人の談。

漱石はどうも動物に関して見る目が無かったらしい。

 

19: 2009/03/07(土) 11:53:25
カマキリの脅しでも猫はびっくりするなw

 

21: 2009/03/07(土) 15:30:15
>>19
ねこじゃらしでも、自分のほうに動けば同じように反応する。
果たしてそれを臆病と表現してもよいものだろうか。

 

22: 2009/03/07(土) 15:32:57
猫といえば、新田岩松氏を無視するわけにいくまい。

 

25: 2009/03/08(日) 00:02:36

■イエネコ弥生時代から? 通説より800年古い骨、壱岐で出土

野生ではなく、人に飼われたネコ(イエネコ)の骨が、長崎県壱岐市(壱岐島)のカラカミ遺跡から見つかり、奈良文化財研究所などの鑑定の結果、紀元前1世紀ごろの弥生時代中期のもので、出土したイエネコの骨としては最古であることがわかった。
文献などからイエネコの伝来は8世紀に、経典などをネズミの害から防ぐため遣唐使が大陸から持ち帰ったと考えられていたが、約800年さかのぼる。穀物を守るため大陸から運ばれて来たとみられ、家畜史研究の貴重な資料となる。

カラカミ遺跡は弥生時代中期以降の環濠(かんごう)集落。九州大学が2004~07年度にイノシシ、魚、イヌなどの骨と一緒にゴミ捨て場から発掘した動物骨を同研究所埋蔵文化財センターの松井章・環境考古学研究室長らが鑑定した。

見つかったネコの骨は1歳半~2歳で脛(けい)骨、大腿(だいたい)骨など12点。野生のヤマネコより骨や関節が小さく、形状が現在のイエネコと酷似し、当時、壱岐島にヤマネコがいた形跡がないことからイエネコと断定。
脛骨を放射性炭素年代測定などで調べた結果、約2100~2200年前とわかった。

文献では、平安時代の「日本霊異(りょうい)記」にタヒ者がネコになってよみがえる8世紀の話があり、同時代の「源氏物語」「枕草子」にもかわいがられたネコが登場するなど、ペットとして飼われるようになっていた。

しかし、これまでイエネコの骨の最古の出土例は、神奈川県鎌倉市の千葉地東遺跡など鎌倉時代(13世紀)の遺跡2か所で確認されているだけだった。
(2008年6月22日 読売新聞)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/bunkazai/806/bu_806_062201.htm

・カラカミ遺跡地図
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/bunkazai/806/bu_806_062201.jpg

・カラカミ遺跡から出土した弥生時代のイエネコの骨(右側は大腿骨)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/bunkazai/806/bu_806_062202.jpg

 

27: 2009/03/08(日) 04:25:29

>>25
■源氏物語 若菜(下)の帖■

(中略)

とうとう猫を手に入れた柏木は、夜もそば近くに寝させる。
夜が明ければ世話に明け暮れ、撫でながら育てる。

人馴れしていなかった猫も、柏木にはとてもよく馴れて、ともすれば衣の裾にまつわりつき、寄り添って寝たりと懐いてくるのを、柏木は心から可愛いと思う。

深く物思いにふけって、縁の端近くに寄り臥しているときに、猫が来て

「ねうねう(にゃあにゃあ)」

と、かわいらしく鳴けば、抱き寄せて、心はやらせる猫よ、と、ほほ笑まれる。

「恋ひわぶる 人のかたみと 手ならせば
なれよ何とて なく音ならむ

これも前世からの因縁だろうか」

と、猫の顔をのぞき込んで仰れば、ますますかわいらしく鳴くので、懐に入れて感じ入っていおられる。

女房たちは、「変ねえ、なぜ急に猫をかわいがるようになられたのかしら。今までは猫にご興味がある方ではなかったのに」と不審がる。

東宮から返還の催促があってもお返しせず、猫と語りあっておられる。

http://www.nekohon.jp/zx-poem-hanare-gennji.html

 

61: 2009/03/27(金) 20:51:54
>>25
『更級日記』でも、飼い猫が作者の姉ちゃんの夢にあらわれて、
大納言の姫の生まれ変わりだと主張、待遇の改善を要求してるね。

 

35: 2009/03/08(日) 19:40:05

猫の歴史
※ただし、ネコの歴史については諸説あるため、これはその中のひとつに過ぎません。

◆元々は輸入動物
5世紀頃、「リビアヤマネコ」を祖先とする「イエネコ」が、インドより仏教の伝来と共にシルクロードを経て中国に持ち込まれます。
中国に持ち込まれたネコはやがて、仏教の教えを説く教典がネズミにかじられないようにとの配慮から、一緒に船に乗せられ、そうして日本へやってきます。
当時のネコは中国から来たので「唐猫」と呼ばれ、その数はごく少数でした。

◆文献に残る猫たち
その後、「枕草子」には猫の名前をつけたという一説が登場し、「源氏物語」には引き綱をつけた猫が描写されます。
この頃の猫はペットとして飼われており、綱をつけるなどして外飼いにしていた様子はうかがえません。ごくごく貴重な動物であったせいかもしれません。
「鳥獣戯画」にも猫の姿は描かれており、この頃には既に今の日本猫を思わせる短尾の猫になっています。
また、「徒然草」には長く生きた猫は人を獲って食う”猫股”という妖怪になるという記述も残っています。

◆江戸時代までは完全室内飼いだった猫
1687年、徳川五代将軍綱吉公による「生類憐れみの令」において猫の売買と猫のつなぎ飼いが禁止されます。
それまでいかに猫が繋がれて飼われていたかが分りますね。

◆吾輩は猫である
1906年には、猫が主人公である本「吾輩は猫である」が発表されました。
ガイドが自説にしている「ネコは自分で自分の住む家を選んで訪ねて来る」はこの頃から生きているのだな、とつくづく思います。

◆やがて様々な種類の猫が日本に
かくして唐猫から日本猫へと変貌をとげながら定着した猫ですが、この後は様々な国の様々な猫が輸入され、繁殖を繰り返し現在のような猫社会が出来てきました。
(略)
猫の歴史を知って、それが故に「外に出す」という部分だけが名残りとして残っている事を理解し、既に江戸時代とは違ってしまっているこの国では、できれば猫は完全室内飼いをしてやって欲しいものだと思います。
http://allabout.co.jp/pet/cat/closeup/CU20030624A/index.htm

 

48: 2009/03/15(日) 15:06:54
東京の落合にも猫寺自性院というのがありますね。
江古田沼袋合戦のとき、太田道灌の危難を救ったとか。
秘仏猫地蔵は女人の姿をしているそうです(猫娘?)

 

50: 2009/03/18(水) 11:03:02
>>48
その自性院は節分の豆まきの日に行けば秘仏が拝観できるんだよね。
今年は行き損ねたから、来年は是非と思ってるけど。

 

53: 2009/03/21(土) 16:52:56
最近、幕末から明治初期にかけて日本に滞在した
西欧人の日本紀行文を何冊か読んだんですが、
当時の日本の猫は尻尾の短いやつが大多数だったそうだ。

 

54: 2009/03/21(土) 17:26:49

>>53
正直言ってそれは疑問だ。
それだと明治以降に長しっぽが日本で増えたように読めるけど、それほど最近の変動なら
大問題になってるしっぽ論争が解決する史料があるはず。
それに、これはほぼ定説になってるけど、日本は長しっぽが先に入ってきて、
後から尾曲がりが入った可能性が高い。

おそらく外国人は長崎のネコを観察して、日本全体の印象と考えたのではないでしょうか?
長崎は尾曲がりネコが非常に多い地域として有名ですから。

 

57: 2009/03/22(日) 15:54:44

>>53は、「日本の猫は尻尾の短いやつが大多数」と記述した西欧人の日本紀行文が
具体的に何と言う書物であるか、明らかにする責任があると思われ。

 

59: 2009/03/23(月) 14:40:38

>>57
まったり猫の話をしているのだから、
そう53さんを責めんでも。

>>58
猫も年をとると、人間の言葉を理解したり、喋りだしたりするって
よく言ったそうだよね。尾の先が二股に分かれるとかさw

歌舞伎や講談の化け猫騒動の猫だったら
そのうち、夜中に油を舐めたり、踊りだしたりするんだけど。

 

63: 2009/03/28(土) 10:08:35
>>57
そういえば、猫又にならないように
尻尾を切って飼う風習がある地域もあると聞いたことがある。

 

55: 2009/03/22(日) 14:26:16

53の言っているのは、
いわゆるジャパーニーズ・ボブ・テイルのこと?

54のいうように、昔の日本の猫の多くがみな
短いまん丸シッポだったとも思えないよね。
「鳥獣戯画」の猫さんのしっぽは長いしな。

 

56: 2009/03/22(日) 15:27:47
>>55
どうかん、東北の方ではしっぽの短い猫をバチ猫と呼んで区別していたらしいし
圧倒的に短尾種が多いなら、そういう呼び名は付かなかったと思う。

 

65: 2009/03/28(土) 16:45:49

これかな・・
チェンバレン著書『日本事物誌』

違うような気もするし・・・。
日本人は何とも思わないけど、欧米人は尾の短い猫見てびっくりしたらしいから印象が優先したのかも。

 

66: 2009/03/30(月) 22:52:35

猫のよび名の由来

■日本の猫の最古の文献は、奈良薬師寺の僧景戒(きょうかい)があらわした説話集「日本霊異記」である。
上巻第30話の膳臣広国(かしわでのおみひろくに)の蘇生譚のなかに「狸」とあり、「狸」の注釈にはっきりと「禰古」(ねこ)と万葉仮名で読みが記してある。
日本霊異記は、平安初期の文献であるから、おそらく奈良時代には、猫がかなり一般化していたのだろう。

■これを裏づけるように、深根輔仁の薬物書の一つ『本草和名』にも、家猫のことがみえている。「本草」とは、薬の本(もと)になる草のことで、薬物の一種として猫に触れている。
「家狸、一名猫」とあり、和名に「禰古末」(ねこま)とある。また、「猫屎」の和名に、「禰古末乃久曾」(ねこまのくそ)ともある。
深根輔仁は、延喜18年(918)に、醍醐天皇の勅を奉じて『掌中要方』『類聚符宣抄』(るいじゅうふせんしょう)を撰進してるが、『本草和名』も、それらと同じときのものかといわれている。

■『日本霊異記』で「狸」と書き「禰古」と読ませていたのと、きわめて近い知識である。しかも、「家狸」と、家で飼っている猫であることがはっきりとあらわされており、猫を飼う習慣の定着を思わせる。猫の屎にも、猫とともに暮らす毎日が目にうかぶ。
猫の和名が、ただの「ねこ」ではなく、「ねこま」であるのも興味深い。怪異な猫をいう「ねこまた」の語源につながるにちがいない。

 

67: 2009/03/30(月) 22:53:40


■ネコマという呼称は、鴨長明(かものちょうめい)の著と伝える『四季物語』の「二月」の条にもみえている。

■"ねこまというけものは、かたちは虎によそひて、心はねじまがりたり。この国に、ともすれば、老いたるねこま、野らにすむなどは、人の子をうばひ、あるは人の妻をかどはかして、むくつけきものなり。"

■ネコマという獣は、形は虎に似ていて、心はすなおではなく、年経たネコマで、野生化しているものは、人間の子どもをとったり、女の人をむりに連れ去ったりして、おそろしいものであるという。
「ねこまた」は、おそらく「ねこま」に接尾語の「た」がついた形であろう。
琉球方言には用例が多い。人を指す言葉に付いて複数をあらわし、敬いの気持ちをこめた言い方になる。首里王府の役職の呼称などに、よくつかわれている。現代語にも生きている文語の「たち」の古来の用法に相当する。
怪異な「ねこま」をおそれ、わざわいのないように敬って、「ねこまた」と呼んだのかもしれない。

■出典 小島瓔禮著「猫の王」 小学館

http://fhp.jp/uni1/?p=0116&n=&k=

 

68: 2009/03/30(月) 23:17:47

古典にみえる猫の話 

■日本霊異記

理(みち)にあらずして他の物を奪ひ悪しき行(おこない)を為(おこな)ひて悪しき報(むくい)を受け奇(あや)しき事を示(あらわ)す縁(ことのもと)   ―上巻 第30話―

■宇多天皇御記

―寛平元年2月6日の条―

暇ができたので、私の猫について書いておく。
大宰府の次官、源精(みなもとのくわし)が任期を終えて都に上った際、先帝に献上した一匹の黒猫がいる。その毛色がたぐいなく美しいので、先帝は大層かわいがられた。……(以下略)

■小右記

―長保元年9月19日の条―

このごろ、内裏で女院(皇太后詮子)や左大臣(藤原道長)、右大臣(藤原顕光)も出席して猫の子の産養いがあり、また乳母として馬の命婦(むまのみょうぶ)が付けられたらしい。……(以下略)

■枕草子

―第六段―

宮廷で飼われる猫は(昇殿が許されるとあって)爵位を授けられ従五位下の位に付されるが、「命婦おとど」(みょうぶさん)と名付けられて大変かわいらしく、天皇(注2)が大切にされている猫が縁側に出て寝ていたところ、乳母の馬の命婦(むまのみょうぶ)が、
「あらまあ、お行儀が悪いわね。さあ、中へ入りなさい」
と声をかけた。……(以下略)

 

75: 2009/06/16(火) 12:49:45
三味線

 

76: 2009/06/16(火) 13:47:39

三味線の皮といっても、猫のものは高額なんだよ。
薄く貼れるので、音がいい。

初心者のお稽古用とかだ、犬の皮が普通。
それでも表・裏と両面を張り替えると何万もするけどね。

 

77: 2009/06/16(火) 14:32:03
三味線用の皮は、傷がついていると使えないから野良猫ではなく飼い猫、それも
いかにも血統書つきといった子をマタタビでおびき寄せて捕らえて使う。
運送業者のような絶えず移動している人間が副業として行っていたりするから、
なかなか足がつかないんだよな。猫皮を買う職人も薄々分かってて黙ってる。

 

78: 2009/06/16(火) 21:19:32

>>77
自分は三味線を習っていて、邦楽器店の人と話す機会も多いけど
最近の猫皮の三味線皮は東南アジアからの輸入ものだよ。
日本で猫を飼う人も、市街地では完全室内飼いの人が多いし
田舎ではまだ外飼いも多いだろうけど、血統書のつくような猫を
放し飼い・外飼いしている家は少ないだろ。

だいいち、もし日本国内で飼い猫を捕らえている業者が居たとしても
手間隙かかるわりには、得物が少なすぎると思うぞ。

 

80: 2009/07/25(土) 18:08:48
>>78
実際に捕まった男のことが新聞に乗ってたよ。
それに、室内外の猫が脱走するという話は猫飼いの間ではよく出てくる。すぐに帰ってきたり、
数週間後に帰ってきたり、帰ってこなかったりね。
脱走する理由が発情かマタタビか他の理由かはケースバイケースだろうけど。

 

81: 2009/07/26(日) 00:08:18
77=80が言うような業者も居るには居るだろうけど、
数的には安直に輸入モノのほうが多いんだよ。
何にしたって国産は数が少ないもんだろう。

 

 

引用元: https://academy6.5ch.net/test/read.cgi/history/1236333046/

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