日本の文化を一新させたともいえる明治維新とは何だったのか?
徳川幕府は不平等条約を改正できなかった
明治政府は不平等条約を改正できた
日露戦争なんてそのものだし。
イギリスの当時のやり方なんてみんなこれよ自分の手を汚さず他の駒を当ててグレートゲームは進行はしていく
弾除けにされる前に先にロシアに踏み潰されるわ
明治維新の後の彼らの政策によって単なる田舎へと衰退していった
イギリスやフランス、ロシアは中央集権制と言う点では明治日本と国情は似ているかも知れないが、廃藩置県のような事をしなかったビスマルクのドイツは全く違う
ドイツが地方領主を廃絶したのは第一次大戦後のドイツ革命の後で、日本のような廃藩置県のような事はビスマルクのドイツではやってない
ドイツが日本のような中央集権国家になったのはヒトラー政権成立後だろう
明治維新以後の雄藩と言われた地域をもう少し何とか出来なかったのか残念ではある
「戊辰戦争」と「明治維新」について
なぜ、「戊辰戦争」が起こったのか
それは「各藩」の「地理」の「位置」に「原因」がある
「会津藩」
(外国から一番遠い場所=内陸)(外国の情報が、一番少ない)
(外国に対する危機意識が、一番希薄)
(なぜ幕府を倒さなければならないか、一番の無理解)
(幕府への一番の忠誠=譜代大名)
「薩摩藩」
(イギリスとアメリカの航路に、一番近い)
(イギリスとアメリカの情報を、一番持っている)
(イギリスとアメリカに、一番の危機意識を持っている)
(幕府を倒さなければ日本が危ないことを、一番理解している)
(幕府への忠誠心は希薄=外様大名)
「長州藩」
(清「中国」とロシアの航路に、一番近い)
(清「中国」とロシアの情報を、一番持っている)
(清「中国」とロシアに、一番の危機意識を持っている)
(幕府を倒さなければ日本が危ないことを、薩摩藩の次に理解している)
(幕府への忠誠心は希薄=外様大名)
「会津藩」は、「薩摩藩」と「長州藩」の「クーデター・テロ」から
「日本」を「守ろう」とした
「薩摩藩」と「長州藩」は、「外国の侵略」から
「日本」を「守ろう」とした
つまり
「会津藩」も「薩摩藩」も「長州藩」も「全て」が「正義」である
「会津藩」の「悲劇」は「日本」における「地理」の「位置」にあった
それが
「戊辰戦争」と「明治維新」の「真実」である
安愚楽鍋(あぐらなべ)
仮名垣魯文(かながきろぶん)の戯作(げさく)[滑稽本]1871ー72[明治4ー5]年刊。
牛鍋を囲んで人々が語る話を通して、明治開化期の世相を描く
この本を読めば明治維新がどんなものだったのか、ある程度わかるのでは?
安愚楽鍋を画像でググったら教科書で見た事があったような絵が表示された
安愚楽鍋の愚という字は牛を食う事に対して否定的な意思表示と
楽という字は牛鍋が美味しかったという肯定的な意思表示の善悪が入り混じったから、愚楽という字を使った?
引用元: http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history2/1556625807/
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