なぜローマを中心にキリスト教が広まったのか

2019年11月7日

1: 2018/01/20(土) 11:29:59.82 0
なんで?
貧乏人が人生つらくてキリスト教に走ったのかと思ってたら、信仰の主体は中産階級だったとか書いてる本もあるし。
放埓なローマの生活からキリスト教を信仰し出すきっかけがいまいち見えない。

45: 2018/08/12(日) 18:48:58.32 0
>>1
奔放に本能のままに生きる行き方は必ず反動を伴う。
名高い聖職者が若いころ放蕩者だった話は掃いて捨てるほどある。
享楽の追及は必ず限界に突き当たりその先にある救いの光は禁欲となる。
同じ事は社会についても言える。

 

53: 2019/05/28(火) 09:50:14.98 0
>>1
みんなハルマゲドンの話が好きだったのだろうて。
正直多神教の世界だと、年の初めのさねちとせ♪終わりなき世のめでたさよ♪の
世界観だからな。

 

2: 2018/01/20(土) 11:46:44.06 0
その奔放なのが問題だったのでしょう
自堕落な底辺を見てたら中産階級は自分たちはしっかりしなければと思うでしょう

 

4: 2018/01/21(日) 13:22:00.30 0
オレの親戚にもキリスト教徒に入信したのがいるが、
いったい何がメリットなのかさっぱり理解できない。
いわんや古代ローマ人の動機など・・・

 

5: 2018/01/21(日) 13:56:22.79 0

>>4
キリスト教は一面では、現代社会で広く共有されている価値観(*1)ではうまく生きていけない人たち(*2)のために、それと異なる価値観を提供するパッケージのような働きをする。

*1 例えば、「高学歴で高所得の職に就くのが幸せ」、「美人と結婚して子供を持つのが幸せ」、「苛烈な競争原理と自己責任論」といった価値観。
*2 例えば、低学歴、派遣、貧乏、ブ○、孤独。

現在でもアメリカの低所得者層なんかに熱烈に支持されるのはこれが大きな原因の1つ。

また、既存の価値観と異なる価値観を求める学者・インテリにも割と受け入れられやすい。
高名な大学教授や裁判官でキリスト教徒という人がいるのは、(そもそも両親がキリスト教徒といった事情を除くと)この点が大きい。

 

9: 2018/01/21(日) 19:02:20.09 0

同じ民族内でも貴種は神の子孫と言われて差別があり、いわんや異民族は差別されて当然というのに対し、
「人間は全て皆同じマニュアル通りにすることで同じ救いを得られる」という思想の方が、複数の異民族や旧
来の民族で不満の溜まっている階層がまとまりやすかったのでは。
キリスト教しかり、仏教しかり。不本意ながら多様性が高まり、既存の勢力と新来の勢力が妥協せずに押し
合いへしあいしている時にこそ必要な思想でしょう。

南北朝時代の中国では仏教が興隆していましたが、中国に安定した統一王朝があれば、あそこまで盛んに
はなっていなかったかもしれません。
中国内部に居住した異民族に受容されただけではなく、南朝でも周辺の異民族に対する外交文書で仏教の
用語と概念が使用されるなど(日本への仏教公伝もその影響であり、当時の国際情勢による必然)、漢人自
身も外向きになっている時代に仏教が盛んになっていた様に思います。
唐や元は統一王朝でしたが(前者は鮮卑で)異民族による外向きな王朝でした。

多神教のローマは世界帝国で、むしろキリスト教化した時代から分裂していますが(これがキリスト教受容の
不義によるものだという批判に対し、古代からキリスト教聖職者は反論に心をくだいている)、本体が強い状態
でなければ、多神教ではいられなかったのでしょう。
中産階級の受容は、上層に対する反発と成り上がり志向から、正当化を求めたものではないでしょうか。
「同じ人間(とキリスト教が保証)なら、より有能な自分たちが代わりに牛耳を執ってもいいはずだ」と。

 

11: 2018/01/21(日) 19:25:15.61 0
>>9
万民法と普遍宗教ってことですか。
クーランジュの「古代都市」なんか読むと、逆に近現代のヨーロッパ人には普遍的でない神様、特定の種族や家門だけ庇護する神様ってものがどうも不可解に感じるみたいですね。
神道的な神様感に慣れている日本人にとっては、クーランジュの描く古代の宗教とか社会って割りと自然で納得のいくことのような気もしますが。

 

13: 2018/01/21(日) 21:09:25.14 0

>>10
神道がアニミズムというのも、実際は違うと思いますよ。
少なくとも、信仰対象とするものは自然界の全てではありません。
神話では物言う草木や石は高天原の神々に鎮められて物言う力を失ったとされています。
また、記紀には開発する大和朝廷に討伐される水神・雷神が登場します。
「八百万の神々」=アニミズムと説明する文言がよくありますが、元々高天原の天津神のこと。
地上の神格については、かなり限定されたものしか信仰されておりません。
動物を「神」と看做す慣習は古代にあった様ですが、あくまで人間の手に負えない生物や自然
の存在が神だったのであり、制御しうるものは「神」ではなかった様です。
神社の教義を「神道」だとすると、明らかに序列化が行われており、高天原に属さなければ排除
され、属しても地位に差が存在した点には不寛容さもあります。
アニミズムという表現自体、文化人類学でも茫漠とし過ぎていてまず使わなくなっているはず。

神社の教義とするならば、神道はかなりの時代において「自然崇拝」ではありません。
前近代に自然そのものを崇拝するには、自然が強過ぎたので無理もないのですが。
「自然に帰れ」と言える様になったのは文明が強大化してからで、文明が自然を開発したばかり
の頃は、自然は退治して制御する存在でした。
神道=自然崇拝、路傍の石ころにも神宿るとか言い出したのは、戦後の宣伝でしょう。
石に霊威を認めるにしても、何かしら特別な石である必要があった様です。路傍の石はただの石。

>>11
ローマ人の祖先や神々に対する記述を読んでいると、西洋人キリスト教徒の著者よりも日本人
読者の方がローマ人に共感出来るのではないかと思える場合がありますね。

 

12: 2018/01/21(日) 20:55:30.56 0
理屈もへったくれもない原始宗教の中に、精緻なキリスト教が現れたら惹きつけられるのも当然のような気もするけどな

 

14: 2018/01/21(日) 21:19:26.21 0

>制御しうるものは「神」ではなかった様です。
戦わずして制御しうるもの、に訂正。
そして開発に邪魔な地上の「神」も戦って制御されていった。
手を出されずに済んだのは、おそらくは持統朝になって創作された「高天原」の神々と、各地
の氏族に関する、高天原の神々の下位に置かれた神々。

個人的に思い立っての神社参拝が行われるのは平安中期からで、それまでの神々は祭りの
時にのみ降りてくる存在でした。
記紀には天照と大国魂が同じ場所で祭られて争いを生じたという話もあり、これなど常駐する
神を示しているかの様ですが、少なくとも平安中期までは「神とは祭りの時だけ神社に降りて
来る存在」とされており、「神社に常駐する存在」ではなくなっていた様です。
逆に言えば、普段は神社におらず、どこか高い所にでもいて邪魔にならない存在化していた。
「神道」というのも純真なものではなく、古代人なりの都合でよく考えられたものです。
これを「日本古来の素朴な自然崇拝」と言うのは、古代人の狡知を知らな過ぎます。
桜井よし子さんとか産経新聞の方とかは、勘違いしてらっしゃる。

 

16: 2018/01/21(日) 21:53:32.13 0

ユダヤ教は民族宗教で、キリスト教はそれを止揚して世界宗教へと発展させた、と俗に言われてるけど
これは誤解で、ユダヤ教時代から、すでに世界宗教を目指していた形跡があるんだよね。

例えばアブラハムに対して神が
「地上のすべての民族は、あなたによって祝福される」(創世記12章3節)と語ったり、

ソロモンが第二神殿を建立したとき
「あなたの民イスラエルの者でなく、他国人で、あなたの大いなる名と、強い手と、伸べた腕のために遠い国から来て、この宮に向かって祈るならば、
あなたは、あなたのすみかである天から聞き、すべて他国人があなたに呼び求めるようにしてください。」(歴代誌下6章32節)

何で中東の一小王国に、それまでの民族宗教とは一線を画す、コスモポリタン志向の宗教が忽然と現れたのか、よくわからないけど。

 

18: 2018/01/21(日) 22:34:02.06 0

聞きかじりで申し訳ありませんが、モーセやソロモンは実在が確認されていないのでしたね。
イスラエル人自体の初見は、ラムセス2世の息子のメルエンプタハの碑文が王の戦争による
成果を挙げた中に「イスラエルは荒廃し、子孫を残さない」とした物らしいですが。
よくやられている様に、モーセの対決したファラオ=ラムセス2世としてしまうと、勝利したと思
ったらこのオチで、悲劇を通り越してもはやギャグになります。

元々多神教の主神であったヤハウェないしはエロヒムが、バビロン捕囚を機に唯一神として
信仰される様になったという説が正しいのであれば、カルデアやペルシャという世界帝国の
存在が「世界を司る神」を意識せしめたのでは。
アブラハムはもとより、ソロモンに関する記述もこの後に作られたものでしょう。

 

23: 2018/02/14(水) 13:47:30.81 0
中世から布教活動に熱心なのは何で?
そのわりに日本じゃ全く広まってないし
血縁主義のイスラム教にも数で負けそうだけど

 

29: 2018/03/14(水) 00:53:33.08 0
それを言ったら、ローマどころかどの国でも一神教は爆発的に広まった
インド、中国、日本、タイなどでは多数派には至らなかったというだけで
特殊なのは一神教が広まった方ではなく、広まらなかったほう

 

33: 2018/03/28(水) 05:13:21.66 0
>>29
日本でもかなり急速に信仰が広まったみたい
秀吉の禁教令がなければ韓国みたいになったろう
あの当時で殉教者が何十人も現れたのだから
キリスト教って恐ろしいよ

 

40: 2018/05/29(火) 21:44:46.70 0
>>29
日本人は恐ろしいほど唯物主義だからな
形而上的な考えができないのが多い

 

30: 2018/03/27(火) 18:41:34.51 0
キリスト教からよむ世界史
https://www.nikkeibook.com/book/106713
日経ビジネス人文庫, 文芸・教養
関眞興 著

 

31: 2018/03/27(火) 19:18:02.83 0
救貧や相互扶助があったから
キリスト教に批判的なユリアヌスすら認めてるところ

 

32: 2018/03/27(火) 20:10:03.37 0
貧民救済、つまり外圧に依らない富の再分配運動
キリスト教の普及は古代の共産革命だったんだよ!

 

35: 2018/04/30(月) 14:31:43.06 0
>>32
キリスト教の救貧はまだ富める者の罪滅ぼしという域を出ていない。
本気で社会制度の改変にまで踏み込んだのはイスラム教から。

 

34: 2018/04/30(月) 14:18:20.24 0
多神教好きなローマ人の為に一神教の建前は守りつつ守護聖人量産したり割礼やめたり偶像崇拝禁止にも目をつぶって
形状変化と妥協でローマ人に受け入れ易くしたから

 

48: 2018/12/13(木) 01:48:49.75 0
「神の鞭」と恐れられたアッティラ王がローマに迫った時、
教皇レオの説得によって撤退した、という話が広まってキリスト教の権威が高まった。

 

50: 2019/05/27(月) 20:36:43.42 0
>>48
本当に「神の鞭」なら、人間ふぜいである教皇が神の御業を妨害しちゃイカンだろう。
はやくローマに来て「神の鞭」を振るって下され、とアッティラを急かすなら辻褄は合うが・・・

 

51: 2019/05/27(月) 22:57:26.22 0
なぜ広まったか?といえば
「偶像に力はないすべてぶち壊せ」という信仰が人々の心を打ったからだろう

 

54: 2019/05/31(金) 06:46:47.37 0
ウィリアム・マクニールの説だと、
キリスト教信者は病人の看護やタヒ者の埋葬をよく行い、
公衆衛生的条件を自ら改善してタヒ亡率が下がった。
これでローマ帝国内におけるキリスト教信者の増加を
十分に説明できるらしい。

 

55: 2019/07/26(金) 07:18:50.97 0
地下墓地で集会を開くとか、健康によくなさそうな気がするが?

 

57: 2019/10/06(日) 05:20:25.76 0
ミトラス教がなぜローマに広がったのかも合わせて考えるべき。