司馬遷や朱子といった中国文化に貢献した英雄について

1: 2006/10/24(火) 17:21:11 ID:QAJzjnGZ0

3: 2006/10/24(火) 17:24:00 ID:/rCzb0Ib0
強引にひとまとめにしちゃうわけ?
英雄って武勇だけじゃあるまい

 

4: 2006/10/24(火) 17:25:08 ID:p6hSK/du0
民を愛護した者、それが英雄だ。
その手立ては、武力だけとは限らない。

 

5: 2006/10/24(火) 18:18:24 ID:C9wFPHeU0
んなもん斉桓だろ

 

6: 2006/10/25(水) 02:18:27 ID:x+cYMTmh0
朱子よか王陽明の方が原動力になってないか?

 

10: 2006/10/27(金) 00:56:13 ID:X6f4Dp+60
>>6
王陽明は、学者としてばかりでなく、武将としても超一流だよ。
何でもできる天才だったんだろうね。

 

7: 2006/10/25(水) 15:44:29 ID:b7kVEXae0
文化の英雄を語りましょう。

 

8: 2006/10/25(水) 19:19:54 ID:IO2EqQ9Q0
朱子はむしろ日本で花開いたとオモ

 

9: 2006/10/26(木) 02:19:21 ID:u9VlD0y80
敵性文明中華の普及基地かよw

 

11: 2006/10/27(金) 01:09:46 ID:zyHwpQIs0
武将としては特に原動力にはなってないだろ
一流なのは知ってるが、中国文化に貢献となれば名将王守仁ではなく、学者王陽明だろ
まあ、武将として不遇だったからこそ、学問に打ち込んだともいえるが

 

12: 2006/10/28(土) 00:19:25 ID:cYj3BztF0
中国史上最高の天才皇帝といえば、北宋8代目徽宗!

 

14: 2006/10/28(土) 11:05:54 ID:BavDBui30
>>12
確かに。
中国史上を通しても、第一級の芸術家だからね。

 

17: 2006/10/29(日) 14:28:04 ID:YJ8mJWSuO
>>12>>14
痩金体カッコイイね

 

26: 2006/12/05(火) 16:49:02 ID:DECrBh7U0
>>17
徽宗を捕らえてった金の6代目皇帝章宗がまた文人皇帝
そっくりな痩金体を書いたため、徽宗の外孫?とまで言われたそうな。

 

13: 2006/10/28(土) 00:30:13 ID:M2JMkh/p0
孔子は?

 

15: 2006/10/28(土) 17:11:31 ID:0CnKDMPQ0
王重陽

 

16: 2006/10/29(日) 12:11:26 ID:26deI4230
全真教開祖か。
金庸の射雕英雄伝シリーズの中では、武芸の達人にされていたが。

 

18: 2006/10/31(火) 19:47:57 ID:BcJto/ui0
PCフォントで痩金体って無いのかな

 

19: 2006/11/01(水) 00:34:33 ID:vwE6cfb80

 

20: 2006/11/01(水) 17:40:24 ID:DnZX95si0
美しい・・・・

 

21: 2006/11/01(水) 19:17:12 ID:2nh2RU9f0
マテオ・リッチに勝る者はいまい。

 

22: 2006/11/06(月) 14:27:50 ID:V8MlL4X+0
徽宗の鷹の絵w

 

23: 2006/11/13(月) 15:53:01 ID:pPzZ7iUb0
>>22
それを持っていることが、一流の大名の証。
ほとんど贋作だったけどw

 

24: 2006/11/21(火) 12:38:12 ID:6vfwS4ri0
朱熹のいた福建の武夷山って綺麗なところだねえ。

 

25: 2006/12/01(金) 14:07:26 ID:8ctQj7yK0
孔子は英雄と言えるだろうか?

 

27: 2006/12/07(木) 22:44:18 ID:EwDIM/Do0
血が繋がってないわけじゃないだろうし。

 

28: 2006/12/08(金) 05:46:31 ID:UGqCJ0lT0
??全然繋がってないよ。
北宋の皇女たちも多く金に捕らわれてたから、そういう噂だ出ただけ。
章宗はむしろ渤海人系。母親も祖母も渤海人。

 

30: 2006/12/19(火) 13:03:53 ID:CIHZPdyb0
>>28
渤海人系って、金国の中での地位はどんな具合だったんだろうか?

 

31: 2006/12/19(火) 13:37:59 ID:2kApup0l0
>>30
遼に対して宣戦した際、「女真と渤海は本は一つ」と呼びかけた。
渤海人の側からの反応もよかった。
漢人に匹敵するほど文化的だった渤海人の子女を人質という形で上京に集め、
官吏として重用したり、宗室の諸子に娶わせたりして取り込んだ結果、
初期の金は女真と渤海の一種の連合政権と言ってもいいほどだったそうだ。

 

29: 2006/12/08(金) 14:16:37 ID:VNtD4jwa0
宋の皇族は奴隷扱いで、生まれた子も、父親が金の皇族貴族であっても同じく奴隷扱いだったらしいからね

 

32: 2007/02/02(金) 09:24:16 ID:IZtifpwf0
渤海人も金の支配階級か。

 

33: 2007/02/03(土) 00:33:42 ID:AiMToT6c0
世宗や章宗になると母親、祖母あたりまで渤海人
世宗の即位には渤海人が活躍したとある。

 

36: 2007/03/07(水) 16:11:44 ID:pmuyLG0K0
朱元璋が、朱子を先祖に設定しようかなと、ちょっと考えたらしいな。

 

37: 2007/03/17(土) 23:20:13 ID:5UHmYgvz0
彼はそれでも「オラは貧乏な農民の出だ」と
開き直った。

 

38: 2007/04/20(金) 00:49:25 ID:BcQ8Aocq0
そのへんは、朱元璋の知識人嫌いが影響したんじゃないかな

 

39: 2007/05/17(木) 18:57:45 ID:sQfGr5rN0
知識人への憎悪があったから、その知識人が奉ずる朱子を先祖に設定することは、
嫌いな知識人たちに迎合してしまうように感じてしまったのかな?

 

40: 2007/05/20(日) 03:07:32 ID:IMB/AYN20
憎悪が生まれたのは朱元璋の人生の中で最後の最後だと思うけどね

 

41: 2007/06/05(火) 22:57:59 ID:8N+94JMl0
朱子以降で、~子と呼ばれた人はいる?

 

43: 2007/07/25(水) 23:46:48 ID:C9AhC2Mu0
>>41
~子って後世になると使いづらい雰囲気だったんじゃない?
古の偉人の真似ぶって、何と尊大な・・・・・・な雰囲気があって

 

44: 2007/07/26(木) 12:08:33 ID:3q2iedC5O
>>41
後世は道士や文人が自称で~子と名乗る事はあったけど、あくまでそれは風流を衒う雅号が殆どで
朱子の様な名儒に対する尊称としてはもう世間的に遠慮してたんでは。

 

46: 2008/01/12(土) 01:12:47 ID:44lXS1Uo0
文字をつくったから帝武丁

 

47: 2008/01/12(土) 11:53:41 ID:5Adpe+/a0
西太后は美食家で美容の面にも気を使ったとかで、
現在の中国の美食紹介には必ず彼女が好んだという料理が多数出てくるし、
美容系の商品には「慈禧○○」という名前の商品が多い。

 

49: 2008/02/02(土) 23:05:14 ID:x0w0F4VX0
外交の英雄【パンダ】 というスレを思い出した

 

50: 2008/02/03(日) 16:24:48 ID:FlU6jKOx0
どんな凄腕の外交官だって、
パンダには勝てないだろうなあ。

 

 

引用元: https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/chinahero/1161678071/

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