国際法の観点からすれば、悪いのは圧倒的に原爆投下であり、逆に神風特攻は何ら責められるべき点はない。
またアルカイダテロは民間人を巻き込んだとはいえ、軍都ニューヨーク及びアメリカ合衆国国防総省本部庁舎
ペンタゴンを標的にしたものであり、軍事都市に対する戦争行為とみなすことも可能だ。
なお戦略的観点からすると原爆投下はゼロ、神風特攻とアルカイダテロではどちらが戦略的に有効だったか。
1944年10月から沖縄作戦終了まで、日本は2550機のカミカゼを飛ばし、うち475機18.6%が有効で、
確実に命中あるいは至近弾効果となった。空母12隻、戦艦15隻、16隻の軽空母・護衛空母を含むあらゆる
艦種の軍艦が損害を受けた。しかし、沈没した一隻の護衛空母より大きい艦はなかった。およそ45隻が沈没したが、その多くは駆逐艦だった。
http://www10.ocn.ne.jp/~kuushuu/ussbs10.html
②まず私たちは、「自爆」をおこなわざるを得なかった人々を含め、今回の事件で亡くなった労働者・人民に哀悼を
表明する。現在の所、一方的な米帝側からの情報のみで「犯行声明」などは出ておらず、私たちは実行者を特定し、
その狙いを評価する材料を持ち合わせていない。少なくてもハイジャックという労働者・人民を手段化する戦術を用い、
多くの人々を巻き添えにした今回の攻撃については、私たちは疑問を持たざるを得ない。しかし、米帝にそれを非難
する一片の権利などない。その責任は米帝自身が負わなければならない。そもそも朝鮮戦争、ベトナム戦争、
湾岸戦争など公然と他国での侵略戦争をおこない、現在も全世界に軍隊を派兵して直接・間接に労働者・人民を虐○し続けている
のは米帝自身ではないか。だからこそ米帝の侵略と支配に対する労働者・人民の抵抗は全世界で不可避に巻き起こざるを得ない。
http://syn.c.ooco.jp/appeal002.htm
(七) それでは、防守都市と無防守都市との区別は何か。一般に、防守都市とは地上兵力による占領の企図に対し抵抗しつつ
ある都市をいうのであつて、単に 防衛施設や軍隊が存在しても、戦場から遠く離れ、敵の占領の危険が迫つていない都市は、
これを無差別に砲撃しなければならない軍事的必要はないから、防守 都市ということはできず、この場合は軍事目標に対す
る砲爆撃が許されるにすぎない。これに反して、敵の占領の企図に対して抵抗する都市に対しては、軍事目 標と非軍事目標
とを区別する攻撃では、軍事上の効果が少く、所期の目的を達することができないから、軍事上の必要上無差別砲撃がみと
められているのであ る。このように、無防守都市に対しては無差別爆撃は許されず、ただ軍事目標の爆撃しか許されないの
が従来一般に認められた空襲に関する国際法上の原則であるということができる。(田畑茂二郎、高野雄一の鑑定参照)
http://www.geocities.jp/bluemilesjp/genbaku.html
「間違えると北海道までソ連に占領されていた」との発言は、全く歴史に反した、冷戦時代の悪質な反ソ宣伝の焼き直しである。
そもそも、長崎原爆投下は、ソ連参戦の後に行われているので、ソ連参戦を阻止するためでないことは、はっきりしている。
広島原爆投下の後も、日本政府はポツダム宣言を受諾していないが、ソ連が参戦すると、あわててポツダム宣言を受諾した。
http://cccpcamera.asablo.jp/blog/2007/07/01/1617254
さらにカルネーエフ氏は、米国による原爆投下が決定的な終戦の要因となったとの見方にも賛成できない。
「当時、原爆投下がどれだけの結果をもたらしたか、誰も知らなかった。今は数字が出ているから、
日本は原爆で降伏したと多くの人が語る。それは間違いだ。広島や長崎には巨大軍事工場も武器庫も
大部隊もなく、原爆投下で日本の軍事力が○がれた訳ではない。だから軍事戦略上の意味はありえない。」
http://japanese.ruvr.ru/2010/08/08/14996759.html
朕カ先ニ帝國政府ヲシテ 第三国ノ調停ヲ求メシメ タル所以ナルモ 不幸其容ルル所トナラス
「第三国」とはソ連のことらしい。「第三国ノ調停 ヲ求メ」るようなことは秘密裏の工作だろうから、 もちろん国民の
知るところではなかった。国民は 「詔書」で始めて知ることになる。しかしソ連に 調停を期待するとは、全く世界情勢
を読めないぶざまさ を露呈しているとしか言えない。そのぶざまさを わざわざ国民の前に晒すのはまずい、と思ったから
かどうかは知らないが、最終案ではこの文言は削除される。
http://adat.blog3.fc2.com/blog-entry-880.html
>>1
さくら爆弾を積んだ富岳特攻
突っ込みどころが多いな。
当時の広島は第二総軍司令部他の司令部があった軍都。
長崎にしても大規模軍事工場があった軍事都市。
民間機ジャックしてる時点で戦争行為などと認められるわけが無い。
なるほど
広島と長崎が選ばれた理由がわかったわ
東京大空襲は首都だしなあ
>>1
>無防守都市に対しては無差別爆撃は許されず、
スゲーな、この法的な基準を、戦争も無い平和な日常を楽しむハワイ市民を狙い撃ちした
あの卑劣な宣戦布告無しの真珠湾騙し討ち攻撃に当てはめたら、
日本のやらかした行為は真っ黒けの毛だなw
問題は卑劣な戦争を仕掛けた側が慣習国際法の観点からして無辜とされるかどうか、であろう
まあ常識から考えても、押し込み強盗が両親を○して娘を犯しているのを見てしまったら、
護身用のショットガンで即射○でも自業自得因果応報であって、
アメリカが正当防衛の無罪ってことは国際的にも当然のことなんだがなw
>>1
誰がどこに責めるかだろ?
神風は日本人が日本国に責める資格はあるってだけ
国際的には勝手にしろだわ
原爆は国際的に日本がアメリカに文句を言う資格はある
そもそも基準を一つにしてもしょうがない
原爆>テロ>神風
理由は非戦闘員を無差別に巻き込んでいるから
それを成功率2割にも満たないたった1度の攻撃で失うのは如何なものか?
>>3
>パイロットになる程の軍人はある意味エリートで貴重な人的資源
「飛行機を艦船まで真っ直ぐ飛ばすことができるパイロットは、敵戦闘機と対空砲火のある
スクリーンを通過したならば、彼の目標に当る為にわずかな技能があるだけでよかった。」
>>3
> それを成功率2割にも満たないたった1度の攻撃で失うのは如何なものか?
成功率1割ありゃ十分高い方。
それに物理的ダメージだけでなく、アメリカ兵に精神的ダメージを負わせ、戦闘意欲を無くさせることもできたしな。
米軍史上最悪の戦争が第二次世界大戦太平洋戦線、PTSD発症率が一番多かったらしい
個人的には無意味な攻撃で機体を失うのはどうかと思うしもっと早くに降伏すれば条件付き降伏はあっただろう
だが日本を守るために命をささげた英霊を最悪とかかわいそうというのは何なのだろうか
日本を守るために散った神風特攻隊を日本国民は尊敬しなくてはならない
作戦そのものが軍事合理性を欠いていて無意味なのに特攻隊を尊敬できるわけない
キ○ガイと揶揄されても仕方ないよ零戦パイロットたちは
敵兵の戦意を喪失させたというのは後付の解釈であって神風の作戦目的ではない
命じた奴が馬○なら従った奴も馬○としか言いようがない幼稚な戦争行為
>>11
でも国際法の観点からすれば、自○攻撃を禁じた法律はどこにもない。
但し国内法の観点からすれば、特攻を命じた指揮官は「自○幇助罪」にあたる。
同じ特攻といってもいろいろあるよネ。
特攻機、回転、爆弾もって敵戦車の下に潜り込んで自爆するヤツ。
だいたい、激しく機銃弾が飛んでくる戦場で、突撃命令出されたら
殆ど特攻と同じだろう。華々しくタヒぬ機会を与えられた分、航空機
による特攻のほうが恵まれてると思うけど。
零戦などの飛行機で特攻したのとロケットで特攻する「桜花」、潜水艦で特攻する「回天」、船で特攻する「震洋」、それと機雷を持ち海底を歩き敵の船に当てるやつがあったが名前忘れた。
911と原爆どっちかだろ
ゲーリングが銃○刑じゃなきゃヤダと言って絞首刑にされる前に服毒自○したようなもんだよ。
ルーズベルト大統領は戦後に日本人をホロコーストして絶滅させるつもりだったらしい
後を引き継いだ「トルーマンが何じゃこりゃ」って計画を白紙に戻したからそうならなかっただけで
市街地に落とすことを命じた奴は悪魔 アルカイダは知らん
戦争犯罪という点からすれば神風が最下位で、アルカイダテロと原爆は甲乙つけがたいってとこかな
神風のパイロットに出撃を強要した上層部に批難されるべき点は多々あっても、それは戦争犯罪とはまた分けて考える部類だと思う
取材に応じた元特攻隊員は11人。
重爆撃機や戦闘機のほか、潜水服を着ての「人間機雷」まで、
担当した兵器は様々だが、いずれも目標に達する前に撃ち落とされたり、不時着したり、
搭乗するはずの航空機がなくなったりと、偶然の積み重ねで生き延びた人達の真実の証言集。
「せっかく生まれたからには、明るく楽しく、
他人の命も自分の命も同じように大切に生きる、
それが一番幸せなことだと思います。
人間独りじゃ生きられない、
周囲の大勢の人のお陰で楽しく生かされて生きているんです。
それを忘れてはなりません。
お互いに助け合って生きていることを、
今の人たちは理解していないのではないでしょうか。
自分の命を本当に生かしたいのなら、
他人の命を生かす努力をすることです。
自分を支える周囲の人々への感謝の気持を、
どうか忘れないでいて欲しいですね」
……前村 弘[陸軍第三〇戦闘飛行集団・飛行第六二戦隊・陸軍特幹1期候補生]
猛烈であり、爆撃攻撃を試みれば、かなりの確率で撃墜されており
事実上特攻と変わらない。
広島では最初やり過ごして反転し、警報解除で市民が出てきたとこ狙ったって説もあるしな。
アルカイダテロ→イスラム教の「目には目を」精神。
原爆投下→教会で懺悔すればすべての罪は許されるキリスト教精神。
日中戦争当時に中国空軍を指揮していたのは、アメリカ兵だったし、
戦闘機も中国に供与していた。
アメリカは、日本に対し宣戦布告こそしなかったが、実質敵国だった。
アメリカは、フィリピン沖に帆船を出して、日本の攻撃を待っていたくらいです。
それが段々と周囲の民間居住区を爆撃するようになった。
これは、国際法違反であり、国民虐○行為ですね。
日本も中国の空軍施設に渡洋爆撃を行ったが、市街地を目的にしてはいない。
アメリカによる東京大空襲(焼夷弾)とは全く違っていたという事。
広島・長崎の事は話したくもない。
南京に対して渡洋爆撃が行われたのは、昭和12年8月15日。
日本の九州・大村基地からの出撃。
この作戦のきっかけとなったのは、上海の日本居住区に対する
中国側の空襲で、その報復をかねて中国空軍の撃滅をはかろうということらしい。
蒋介石空軍の戦力はこの時600機内外。
米空軍の指導下で米軍機を増強しながら養成されてきただけに
日本にとってはさすがの相手となり、日本の96式中攻も被害が大きかった。
この攻撃は、昼夜2週間述べ16回にわたって繰り返された。
(中国側の無差別爆撃で外国人市民14日フランス租界でおきた
外国人住民2000人の爆タヒという事件もあり、日本の取った措置は
国際的にも独特の感情をもって受け取られた。)
ふと思うんだよ。もし当時の日本がドイツ経由かなんかで
敗戦前に原爆の開発に成功していたとしたら、って。
劣勢になってきたら絶対日本も使ってたはずだと思う。アメリカだけが
特別に性格が悪くて原爆使ったわけじゃない気がする。
しかも、カミカゼに自分から志願しちゃうような人もわずかながらいた
ような世相なら、たとえ非人道的兵器であることが分かってたとしても
「全ての罪は自分が一人で背負いますから投下しに行かせて下さい」
なんて熱意をもって志願しちゃう軍人がいたかもしれない。
日本も戦中にジェットエンジンを作っている。
日本は、敗戦後7年間航空機の開発さえ禁止されていた占領時代だからね。
日本が独立できたのは昭和27年ww
日本国憲法だって・・・笑い話ですねww
それが政治家としてのケジメだろ!
先の戦争で負けてる戦争を勝った勝ったと言った大本営
そのおかげで何人の日本人がタヒんだんだ!
おまけにアメリカに原爆2個も落とされて!
日本人として悔しくないのか!
日本の政治家がケジメをつけることがこれからの日本の発展につながる
でないとまた国民は騙されて、ズルズルと戦争になっていく
攻機不時着、再出撃望み島から舟で戻った少尉
http://www.yomiuri.co.jp/national/20150510-OYT1T50119.html?from=yartcl_outbrain1
出撃する飛行機もないのに、再出撃のポーズだけはしておかないとって
言うところころだ、また都合よく不時着する島があったもんだ
★「特攻」FAQ
Q)「特攻」って非道な戦法じゃない?
A)いいえ、他と比較して特別非道という訳ではありません。
雷撃などは日本でも欧米でも帰還率10%位のことも多い。
そもそも航空攻撃というのは危険なものなのです。
Q)戦果は?
A)約4000機が出撃して300隻以上の米英艦を沈没損傷を与えています。
かなりの戦果で「もし持続し得たなら、 我々を撤退させるか若しくは
戦略計画を大きく変更させ得たかもしれない」と米軍の最終報告にもあります。
Q)どうして攻撃機よりも戦果があがるの?
A)攻撃パターンがたくさんあり防御しにくいからです。
通常の急降下爆撃はこんな感じ:
①高度6000で進入
②水平から60°の角度でダイブ(時速400km)
③高度500で爆弾投下
なので防御側はその辺に戦闘機を飛ばしておけば防ぎやすい。
ところが特攻は角度が30°でも45°でもあるし曲がりながら
私はあるとき上司であった源田大佐についての「ご意見」を伺ったのだが、志賀少佐も他人の評価は慎重になさる方で決して誹謗することはなかった。
御子息の志賀元次氏が文春に次のように書いておられる。
「私が一番驚いたのは、松山第343空の飛行長として、「紫電改」に乗って本土防衛戦を展開していたときのエピソードです。
部下の零戦隊から特攻隊志願者を差し出すように、高級幕僚から命令されたのですが、断ったのです。
さらに「どうしてもというなら自分が行くから上官たちもみんな後に続いて特攻してくれ」と言い放った。
それは上司だった源田実さんなども含めてのことでしょう」
この一説を読んで、私はその時のエピソードを思い出した。
私が直接伺った話とは若干ニュアンスが異なっているが、私は「源田大佐とはどんな上官でしたか?」と伺ったのである。
ちょっと考えた志賀少佐は
「終戦も近づいたある日、源田司令から呼び出され『大本営からこんな指導が来ているがどう思うか』と聞かれました。
それは松山空も特攻作戦に参加すべし、という内容だったのです。
そこで私は『喜んで行きましょう。ただし条件があります。
帝国海軍の伝統は指揮官先頭です。私は勿論行きますが、先頭には是非司令が立っていただきたい』と言ったのです。
司令は黙っておられましたが、その後松山空には特攻作戦参加命令は来ませんでした。これでお分かりでしょう?」
>>72
【佐藤守が自演してまで源田実の虚偽の中傷を流している理由】
志賀淑雄少佐の証言 (NHK-TV「NHK特集 紫電改 最後の戦闘機」)
上層部から343空に特攻を出すように命令がきた際、
志賀が「私が先頭で行きます。兵学校出は全て出しましょう。予備士官は出してはいけません。源田司令は最後に行ってください。
ただし条件として、命令してきた(軍令部の)参謀が最初に私と来るというなら343空はやりましょう」と進言すると、
源田実司令も「全くだ」と賛同した。それ以降、上層部から特攻の話は来なくなった。
この時、特攻を命令した軍令部作戦課航空参謀が寺井義守中佐であり、この娘婿が佐藤守である。
その佐藤守は、志賀少佐のタヒ後に参謀の部分を源田司令に改ざんして拡散しているが、志賀少佐が残した生前の証言とは大きく食い違う。
佐藤守が志賀少佐のタヒを幸いとタヒ人に口無しを利用したことは言うまでもない。
志賀少佐は生前、源田実大佐を以下のように評価している。
「実に立派な戦闘機乗りの先輩でした。彼ほど飛行機を愛し、また戦闘機を自らも操縦して、あれだけの見事な戦略、戦術を考案された方は外にはいないと思っております」
寺井義守中佐は、軍令部参謀の前は人事局航空参謀であり、大田正一少尉を第一〇八一海軍航空隊に転勤させるなど
特攻兵器「桜花」の後ろ盾をした人物でもあり、軍令部で作戦の全てを特攻に切り替えるように主張していた議事録も残っている。
寺井中佐は、開戦時に宣戦布告文書を届けなかった駐米武官で、帰国後は終戦まで中央勤務で前線に出ることはなかった。
強いて言うなら原爆
国際的に批判される。
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