歴史の教科書「機関銃の開発によりこの戦争はやばくなったんやで」
西部劇のピストルとかショットガンでパンパンやってた時代にメイトリクスが持ってるみたいなん担いでドババババやってるようなもん?
ノーマンズランドを移動中になぎ倒されていくんや
精度悪いボルトアクションしかなかった時代に大量連射できる銃が登場したんや
ボルトアクションしか持ってない軍は正面からはまず勝てないし守りに入ったら機関銃ある方が強い
https://i.imgur.com/cXMTU43.jpg
これも教科書にのってたわ
なお、まにあわんもよう
まあww1はww2の引き金みたいなもんやし
6割以上が砲撃によるもほ
密集攻撃の危険は1914年中には理解され繰り返されることはあまりなかった。
独仏とも500メートル前後以内では歩兵の突撃により敵を圧倒する戦術が正しいとされていた。更にイギリスの歩兵操典では500メートル以内で突撃すれば敵はパニックに陥り、
逃亡するか照準が狂いかえって被害を軽減するとしていた。また第1次大戦の小銃は7.65ミリが中心で重くまた長身で必ずしも歩兵の運動性に配慮がされていなかった。
だが機関銃による弾幕射撃と小銃の射程距離の向上が事態を変えた。散開攻撃による波状攻撃が考案され時間をおいて攻撃するようになった。しかしこれも密集攻撃と本質は変わらない。つまり同じ機関銃に時間をおいて的(マト)になるだけである。
部隊構成は3隊編成がよいとされていた。すなわち突撃部隊が先頭にたち補助部隊がすぐその後方に控える。後方に前進部隊が敵ラインを突破した際確保できるようにローカルの予備隊を配置する。これが基本だった。
さらにイギリス歩兵操典によればこの攻撃隊は縦深性を必要とした。実際起きたことは、ただ一つの保塁にしゃにむに数波にわたる攻撃をかけ数台の機関銃の餌食に連続してなることだった。
塹壕にいる兵がパニックに陥るのは左右の友軍が突破されるなり投降しだすことで、前面に敵が来ても側面が安定しているとなかなか逃げてはくれない。
さらに1ヶ所だけ突破に成功してもその突起部に左右・前方から集中射撃を浴びて維持は至難だった。この歩兵の波状攻撃が機関銃ポストや保塁など塹壕の強化地点をまず奪取しようとすれば、全く前進できずに被害だけ増すことになった。
核爆弾で簡単に人類滅亡できるから世界大戦起きにくい
>>29
弓とか矢とか
大砲で石飛ばしてた頃はまだよかった
戦車や戦闘機で戦ってた時もまだフェア感あったし戦いも戦術がいろいろあった
核はそういうのほぼないもんな
小銃が出てきたときは騎士道精神に違反すると文句言った奴おるし
機関銃が出てきた時も戦場から煌きが失われたと嘆く奴もいた
人は新兵器に慣れることが困難
そもそも重火器の遠距離命中精度自体が低いから人材の育成自体困難やったし
狙撃は古くからある戦争の手段だが、第1次大戦では非常に多用された。これは戦線が異動しないため、他に戦争手段がなかったためだろう。
西部戦線では、『異常がない』地区でも狙撃は実行された。ある狙撃手は「狙撃は誰にも自分たちが戦争に参加していることを思い出させる。もし狙撃がなければ、両軍の兵士は塹壕の胸壁に並んで腕まくりしているだけだ。これでは戦争でない。」という。
通常狙撃は二人のチームで実行される。一人が打ち手でもう一人が観測者だ。また狙撃手に敵は容赦しないから、後方で歩兵小隊が待機することすらあった。射手は相当の訓練を要する。まず数時間の待機に耐えられる精神と肉体、また無抵抗の人間を射○できる神経だ。
そして、狙撃手が射撃訓練をよく積んだ専門者というのは必ずしも真実ではない。イギリス軍ではある野戦厨房のコックが打ち手だった。同僚によると、戦果が上がった日のほうが料理の味がよかったという。
ガリポリで最も成功した狙撃手のオーストラリア人で軽騎兵のビリー・シンはトルコ兵150人を射撃、命中させた。しかしついたあだ名は○し屋だった。
使用する小銃は通常のものと変わらない。ただしスコープがつくので、違ってみえる。カナダの制式小銃ロスは耐久性が劣り、塹壕での小銃としては失格だったが、狙撃銃としては好評だったようなケースもある。
序盤はこれまで通り馬と大砲が主力だったらしいな
ゆうて山東派遣から満州事変、ノモンハン日中戦争にかけては馬わりかし重要だぞ
WW2でも使ってた国がある模様
ソ連は泥濘のウクライナで攻勢にも使用して成功させてる
航空機が敵陣地を偵察し、砲兵がその情報に基づいて相手の砲兵を無力化し、戦車が敵の機関銃陣地を破壊し、歩兵が前進し敵の塹壕を掃討し、騎兵が敵の予備隊が来るまでに前進地域を拡張する
核の開発がもう少し早かったらどうなってたのやら
すでにしてる
うさぎ軍曹のミリタリー百科
昔の機関銃は水を使って銃身を冷やしていたぞ
命中率が高くかつ多く弾を撃てたが戦場では易々と水は手に入りにくいし何より重かった
だから次第に水を使わない空冷式機関銃が作られ、今では空冷式機関銃がほとんどだぞ
ちなみにベトナム戦争では小便をぶっかけたりして冷やしたらしいぞ!
子供の頃、教科書に「日本軍は日露戦争で初めて機関銃を見た」みたいなこと書いてあって
わりと長いこと信じてたわ
引用元: http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1581341754/
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